JINSEI STORIES
「我慢! 我慢だ!」 フェンシングW杯観戦記 辻 仁成 Posted on 2017/01/22 辻 仁成 作家 パリ
今日(1月21日)、フェンシングW杯パリ大会に息子と二人で日本選手を応援に行って来ました。
もちろん、生で観戦するのは私も息子もはじめて。
朝、9時半、16区にあるクーベルタン記念スタジアムに到着!
フェンシングといえば、ロンドンオリンピックで太田雄貴選手が銀メダルとった時は熱狂しましたね。
土曜日が個人戦決勝トーナメント、日曜日が団体戦です。(日本は世界ランク9位!)
個人戦は全員で209人、うち日本人は10名エントリーしましたが金曜日の予選の段階で半分以上が敗退。
私たちが観たのは個人戦しょっぱな、64名がバトルを繰り広げる一回戦です。
ここを勝てば2回戦(32名)、3回戦(16名)、そして夕方、準々決勝、準決勝、決勝ということになります。(ちなみに、日曜日の団体戦は25か国の熱い戦いとなります)
今回は花形のフルーレという競技です。有効面と呼ばれる頭部と四肢を覗いた胴体の両面をついて得点する。
正直、素人にはいつどこでどっちがどんな風に突いて得点したのか分かりません。
掲示板が光ってやっと得点を知るという感じ。とにかく素早い。
私の横に前日敗退を喫した藤野選手が座り、私と息子にフェンシングの醍醐味を生解説してくださいました。
まず、三宅諒選手とフランスのAUCLIN選手との試合、これが私にとっても息子にとっても生で観る最初の試合となりました。フランス生まれ、フランス育ちの息子が珍しくついてきました。本家本元のフランス人に日本人が勝てるのか、確かめたかったようです。
試合が進むにつれ、息子の顔がだんだん緩んでいきます。
三宅選手はディフェンシブな選手で相手を引き寄せては敵のほんのわずかな焦りを誘いだし蜂のように刺す、まるで剣術の達人のごとき。引き打つ、というのか、おびき寄せ相手に切らせておいて、それを避けながら半身を翻し、相手の気が別の場所へと移ったその一瞬を見逃さず、突く。実に高度な技術を駆使しており見応えがありました。
ご本人、見た感じは今風のあんちゃん。試合開始前も一人だけ、違う場所で水を飲んでおり、審判に注意を促されておりました(笑)。でも、試合がはじまった途端、いきなりの変貌。フェンシングなのに、剣術使いのような精神的な術でフランス人選手を翻弄、ひるませ、敵のミスを次々に誘っていくのです。
和田コーチが見守る中、3回戦フルに時間を使いきって延長に持ち込み、相手が精神を集中できないでいる動揺の隙間に、見事に剣先を押し込み勝利しました。フランス人に勝利!
その日本人的な美しい勝ち方に、私も息子も思わず大声を張り上げておりました。見事です。
フェンシングはもしかすると繊細で、バネがあり、身体も柔らかく、その上、武士道の精神を持つ日本人には向いているのかもしれないですね。
もうひと試合観戦しました。
斎藤俊哉選手対するは190センチを遥かに超えた中国の巨人チェン選手。身長差なんと20センチ。
柔道みたいに体重差でクラス分けがないところがフェンシングの面白いところ。
リーチが長い方が圧倒的に有利なのに、小柄な人も背の高い人も区別なしで勝負します。
戦場でクラス分けなんかできないですものね。
斎藤選手は、三宅選手とは真逆のオフェンシブな選手。
攻撃力がすごい。感情を表に出さず、冷静ながら、負けないという気迫が巨人を小さく見せてしまいます。
この男の長所は、冷静を維持した上で繰り出す予想外の捨て身の攻撃力でしょう。長身の相手方選手の心臓のあたりをポンポンと突き刺し決めていく。簡単そうですが、やられた選手にしてみれば、胸の中心を打ち抜かれるわけですから、大いなる侮辱ですね。
これを私が記憶しているだけで3回ほど決めました。
攻撃型選手同士の試合の場合、結果が早く出ることが多いようです。
ひと試合に3セットありますが、15点をどちらかが先にとってしまえばその段階で終了。斎藤選手は巨大なチェン選手を相手に大接戦し、同点からの見事な勝利。
息子君、思わず立ち上がり、拍手。私も、ブラボーと叫んでおりました。
この後、彼は2回戦にも進み、最終的にベスト8進出を果たしました。お見事。
ウクライナ人のオレグコーチが、斎藤選手が乱れるたびに、「我慢! 我慢だ!」と檄を飛ばしていたのが印象的でした。挑発されても、興奮しても、血気に逸っても、焦れば負けにつながります。
ウクライナ人の監督が日本語で、我慢、と叫ぶたび、日本語独特の我慢という概念が日本チームを支えているのだな、と思わされ、なんとなく嬉しくも思いました。
人生と一緒なんですね。我慢を乗り越えた者にこそ勝利の女神は微笑む。
スポーツにはドラマがあります。
珍しく息子が「パパ、フェンシングは面白い。来年もまた応援にきたい」と言いました。
勝ち負けという非情な世界ですが、勝っても負けても、そこには潔いスポーツマンシップがある。
解説役を引き受けてくれた藤野選手、昨日の今日で疲れているだろうに、気も重いだろうに、フェンシングの素晴らしさを私たちに得々と教えてくれた。
仲間思いの温かい思いやりにもスポーツを愛する人たちの純粋な心意気を感じることができました。
来年は君の試合を観に行くよ。
そして、みんな素敵な選手たちでした。
がんばれ、日本!
<1月22日(日)団体戦決勝トーナメント情報>
9:30 ベスト16
11:00 準々決勝
12:30 準決勝
14:00 決勝
会場:Stade Pierre de Coubertin, 82 avenue Georges Lafont 75016 Paris