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自分流塾「どうせ人間は死ぬ、と言うけれど、その死の先にある大切なもの」 Posted on 2023/01/04 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、体力とか気力とか腕力とか想像力とか底力とか、いろいろな力があるけれど、ぼくは今、そのどれにも属さない「見えない力」を探し求めている。
何か人間には、そういうものじゃない、言葉で形容できない、運命の導きのようなものがあって、年齢を重ねるたびに、それがぼくを引っ張っている、と思って(思えて)しょうがないのである。
つまり、「どうせ人間は死ぬ」などと、みんな言うけれど、その死ぬのには生きるに負けない相当に大きな何かが働いており、人は死ぬのじゃないか、と思うことはないか?
「どうせ死ぬ」と誰かが誰かを説得する時、その文脈の背後には、「(死ぬんだから)好きに生きたらいい」が存在するのだと思う。
それは、確かに、現在の苦しみを払拭するのに役立つ。
どうせ死んじゃうんだから、みんなこの世界から消えていなくなっちゃうんだから、今をとことん生きようじゃないか、というのは正しい意見だとは思う。
ぼくは少なくとも、長いこと、自分にそう言い聞かせて生きてきた。
与えられた一生を精一杯しゃぶり尽くそうじゃないか、と考えて生きてきた。
でも、この「どうせ死ぬ」の先には、底なしやブラックホールがあるわけではないことに、気が付き始めてきたのである。
だから「人はいつか死ぬんだけれど」と懐疑する方が、「どうせ死ぬ」と決めつけるより死も生も意味が出てくるような気がしてならない。
ぼくにもそれが何かまだ結論はつかめないのだけれど、ここまで生きて来て、たくさん小説の中で主人公たちを殺してきて、「生きる」というのが、ただ「死ぬ」で終わるということじゃないような気がしはじめてきた、というのか、「死ぬ」というのは、生きたことのただの結論ではない気がしてならないのである。
生きたことの先に死があるのではなく、死の向こう側に生きたこと、がある。
もう一つの力を鍛えたい。
ぼくの祖母の言葉、「人間、死んだら終わりったい」というのをはじめて聞いた時、それを超える真理はない、とすら思った。
そこには凄い悟りがあって、死んだら終わり、という言葉は、死んだ先がわからない人間にとって、これ以上の言葉がないほどの真理であることは疑いようがない。
けれども、最近、何度もそのことを考えているうちに、祖母はそういうことを言いたかったわけじゃないんじゃないか、と気が付き始める。
祖母が言った「死んだら終わり」というのは、裏返しがあって、「死んだら終わりだから今を生きろ」ということ。
死も生も記号とか言語でとらえないで、それを含むもっと大きな空想力でとらえ直すことが、生死を見極める上で、重要なことのような気がして仕方ないのである。
いや、実際、そうだと思う。
ぼくの仕事は、きっと、それを物語にすることだ。
まだ、出来てはいないけれど、その修行中の身だからしょうがないけれど、このイマージュをつかまえるために、書かなければならない。歌わなければならない。五感を開いて、世界を受け止めないとならないのであろう。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今年になってから、ぼくは自分を変えようと思って、自分の信じてきたことを少し疑ったり、道やコースを変えてみようと思ったり、結論は一つじゃなく、もっと無限にあるんじゃないか、と思うようになりました。老いることの喜びに今まで以上に気が付いてきたというのか、大嫌いだったある種の境地を探し始めたというのか、そういう旅を今、すでに始めている気がします。目を覆いたくなる戦争や感染症の世界にあって、生きる意味を再発見したいと真剣に思っているのです。
お知らせです。
そんな父ちゃんが主催する文章教室を1月29日に開催いたします。
「エッセイの書き方教室、第1回」
本年最初の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
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それから、来年、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。