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滞仏日記「父ちゃんが今、未来を危惧するシンギュラリティ問題」 Posted on 2023/01/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、シンギュラリティという言葉をご存じであろうか?
父ちゃんが今、ロシア問題、感染症問題の次に、切実に、危機感を持って見守っているのが、このシンギュラリティの問題である。
シンギュラリティというのは、(ネットで調べてもらう方が確実なのだけれど、というのは、父ちゃんもそこまで深く理解出来ているわけではないからだが)これは、技術的特異点のことを指す。
AIというのはご存じだと思うが、これが技術の発達、といっても革新的な進歩によって、つまりは、人間の知能を超えてしまい、既存世界の常識が覆され、あるいは人間がAIに支配されはじめるような転換点のことを、シンギュラリティと呼ぶ。
AIの存在が人間の役割ととってかわるような技術的突破ポイント、特異点のこと。
このシンギュラリティはアメリカのカーツワイル博士が提唱した未来予想概念の一つなのだけど、人工知能(AI)が人間を超えるターニングポイントのことで、ここを過ぎると人間の生活、いわば、価値観全てが一変してしまう、と言われている。
いわゆるSF映画の世界、―人工知能に支配される人間みたいな世界―がやってくる最初の段階、ということになるのだけれど、博士は、2029年にはAIが人間に並ぶ知能を持ち、2045年にはシンギュラリティが来る、とおっしゃっている。
これには、意義を唱える博士がごまんといて、その方々の主張の多くは、AIには人間のような感情がないので、想像的な意味で人間を超えることはできない、というのだが・・・。
父ちゃんが危惧するのは、2045年も先のことではなく、再来年に、この問題が少なくとも、表現の世界でおこる可能性が出てきたことだ。

滞仏日記「父ちゃんが今、未来を危惧するシンギュラリティ問題」



ようは、人工知能がAIソフトを書き換えることによって起こる知能的爆発のタイミング、ということが、シンギュラリティなのだとすれば、それが訪れると、もはや、人類には未来を予測することすらできなくなる、のではないか。
これの現実例として知られているのは、2016年に、DeepMind社が創ったAI「Alpha GO」が、プロ棋士と囲碁で勝負をし勝ったケース・・・。このAIはどんどん進化し、現在までに60勝無敗なのである。もはや、囲碁とかチェスの世界で人間は人工知能に勝てないのである。これが他分野でもそうなると・・・。

滞仏日記「父ちゃんが今、未来を危惧するシンギュラリティ問題」



先日、ミュージシャン仲間と飲む機会があり、彼らがこういう危惧を口にした。
「ムッシュ・ツジ。2045年に起こるとされるシンギュラリティが音楽界では、再来年くらいに現実化するらしいんですよ」
「マジか」
「もう、ぼくらの出番はなくなるし、ミュージシャンという職業では食べていけなくなるんです」
「どうして?」
「AIが音楽を作る。人間は自分が聞きたい音楽をリクエストすると、AIが希望の音楽を提供するんですよ。しかも、すべて著作権フリーになる可能性が高い。いくらでも出来てしまうので、権利なんてもう意味が奪われるんです」
こういうことが現実になると、ただでさえ、音楽プラットホームで音楽がタダ同然で訊かれている時代なのに、もはや、人間が作る音楽を人間が必要としない時代がやってくるかもしれない、ということになる。(ライブはどうなんだろう? 初音ミク?)
辻仁成なんかもう聞かない。辻仁成AIソングの方がレベルが高いね、みたいな。
もっとも、これが再来年からスタートして、どうなるか、誰にも未来予想は分らない。
でも、思い出してほしい。かつて、レコード、CDがあったが、今は、CDプレーヤーなど若者は一切持ってないし、売ってさえいない。
音楽は様々なプラットホームで自由に聞くことが出来る。ぼくの新しいアルバムなんかも、Youtubeだとタダで訊けるのだ。
これがもっと進化して、もはや、ミュージシャンは必要なくなって、ほしい音楽を聴きたい側がオーダーメード出来て、その著作権もなくなって、・・・。音楽は開放されるのか、あるいは音楽が滅びるのか、という感じになるのかもしれない。
もっとも、そんなことは起こらないという意見もある。
創作とか、人間間の共感などを言語化するのは、AIには不可能だろうと考える博士もいる。五感問題である。
しかし、この五感もそのうち、疑似五感なるものが登場し、それが試行錯誤を繰り返すうちに、人間を超える感性が登場しないと言い切れるのであろうか。
その最初の試練がはやければ再来年くらいから現実味を帯びて起こる、と我々ミュージシャンは戦々恐々としているのである。

滞仏日記「父ちゃんが今、未来を危惧するシンギュラリティ問題」



すでに、息子たちがやっているヒップホップの世界ではそれに似た現象が起きつつある。ビートメーカーたちが著作権フリーのミュージックパーツを作って、それを歌手が買い、音楽が生まれているのだ。それがある種の土壌となるのではないか、と、父ちゃんは想像をしてやまない。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくの友人が十数年前に、辻、新しいアルバム出たんでしょ、頂戴、と言ったんです。普通に、当たり前のように、苦笑。また、とある文芸評論家が、辻さん、本で出たんでしょ? 書評やってるので読みますよ、と言ったんです。この名刺の住所に送ってください、と言い残して。どう思います? 八百屋にいって、マーシャル、久しぶりだね。このバナナ、新しいの? 一本頂戴って、言いますか? 表現者を見下しているな、と思いません? だからぼくは新作が出ても、評論家さんに献本をしたことがありません。読まれないでもいいです。ぼくの本なんか取り上げて貰わないでも結構です。ぼくがアルバムの宣伝をすると、金稼ぎが忙しいですね、という皮肉を言ってくる人が結構いるんですよ。自分は何をやって稼いでいるんでしょうか?(言っとくけど、気にもしてないです。そんな傲慢な批判家、無視でいいでしょう)音楽家や作家や映画監督は生涯、ボランティアをやっていればいいんでしょうか? こういう土壌がある限り、良質のものは育たないですね。ミュージシャンを支えるためにも、ぼくはライブ会場を満席にする必要があるんですよね。多少でも、彼らにギャラを渡したいんです。ライブやっても毎回赤字です。それでも、続けていく意味があると思える今はまだ幸せな時代なのかもしれないですね。シンギュラリティが訪れるまでに、ぼくは死んでいるといいのですけど。
さて、次の地球カレッジは、1月29日、日曜日になりました。参加を希望される皆さん、以下をご参照ください。
「エッセイの書き方教室、第1回」
今回の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

地球カレッジ

滞仏日記「父ちゃんが今、未来を危惧するシンギュラリティ問題」

シンギュラリティに負けない父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、新年に訊くと盛り上がるんです。そして、家族に囲まれ幸せなあなたにも、独りぼっちのあなたにも、赤い首輪のさんちゃんにも、響くはずです。ジャパニーズソウルマン、お聞きくださいませ。

https://linkco.re/2beHy0ru
それから、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。

Tsuji

フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

https://www.jalpak.fr/optionaltour/tsujilunchparty2/

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