JINSEI STORIES
滞仏日記「街の哲学者アドリアンが、我が家にやって来て、かく語りき」 Posted on 2022/12/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、街の哲学者、アドリアンと、その妻の弁護士、カリンヌが夕食を食べにやってきた。
ぼくは例によって、料理をしこたまつくりふるまった。
今日は、カナッペ類、焼き枝豆(フランス人に大好評なんだよね、毎回)、グーラッシュ、鳥天、スズキのカルパッチョ、ジャガイモのソテー、抹茶のケーキ、などを作ったのでした。
で、彼らは何時間いたのだろう?
久しぶりだったので、ぼくらはよく語り合った。
どんなことを話しあったのか、というと、ぼくが拙著「エッグマン」のイタリア語版にサインをして彼らにさしあげたのがきっかけで、まずは、アドリアンの故郷、ベネチアのアクア・アルタ(シロッコと呼ばれる地方風、アドリア海の海流、低気圧、太陽と月の重力により、ベネチアの水位があがり水浸しになる現象)について。
そのせいで2009年には道で巨大な魚を手掴み出来た、という話とか、イタリアの言語が100年ほど前に統一されたことなど、イタリアの話からはじまり、それから、ぼくらは2020年のロックダウンの時期に親しくなったのだけれど、あれはなんだったのか、という検証なんかもやった。
これからの世界がどうなるのかについて、とりとめもない議論が続いたのである。
※ カリンヌに百合の花を貰いました。
そこで、思い出されるのは、2020年3月から始まった、フランスの強いロックダウンの時期に、アドリアンだけがマスクをつけず(法律で義務付けられた時期はつけていたね)、いつも、道を歩いていた、ということだった。その時、彼は、全身防護服状態のぼくに対して、
「俺はとっととコロナに罹ってしまいたいんだ。ツジ、何を恐れている。それしか、人類の生きるすべはないんだぞ」
みたいなことを語ったことであった。
まさに、今、ここは、そういう世界になっている。多くの人がマスクをつけない。結局、彼はワクチンを受け入れたけれど、その当時から今まで、ワクチンに関しては懐疑的だった。
この日記でも、その頃、アドリアン語録のようなものをぼくはよく書いていた。
ちょっと面白いので、古い日記を読み返してみたら、2020年の5月に、アドリアンがぼくに語ったいくつかの話をまとめた日記があった。
3月や4月のロックダウンの時期に彼がぼくに語った言葉たち、である。
まず、これを読んでみてもらいたい。2年半ほど前に、彼がだいたい今の世界を予言しているのが興味深い。
もちろん、露宇戦争などがおこることはわかってないけれど、コロナによる中国の台頭、アメリカの衰弱などは当たっている。
若干、外れているのは、中国のゼロコロナ政策が破綻したことであった。でも、そこに至るまでの、流れは、当時にしてはまとを得ている。
※ こちらが、2020年5月の日記である。
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-548/
※ この抹茶のケーキはあとで、レシピにしますね。美味しいですよー。
当時、まだ存在していなかった三四郎が、今は、ここに存在していて、アドリアンにもの凄く懐いている。
アドリアンの傍から離れず、まるで彼のことを主人のように敬っているのが興味深い。この子犬には何かがわかるというのだろうか。
「ツジさん」
アドリアンは、最近、ぼくのことを「さん付け」で呼ぶようになった。
「一つ、君が言っていたことで、忘れられないことがあるんだ」
「ほー、なんだろ?」
「君は、あの頃、しきりに、書いていた。書くことで希望を手に入れようとしていた」
「ああ、そうだったね」
「なぜ、生きているのかって、考えているのが今なんだよって、言った」
「よく覚えているね」
ぼくは2020年の7月だったか、8月、二度目のロックダウンの頃に、これをタイトルにして緊急出版をしている。
なかなか、作家が、あれほど強力なロックダウン下に遭遇することはなかったから、ぼくは刺激を受けたのだった。
その本の中に、もっとも登場するのが、この男、アドリアンであった。
いつも、教会の前を通ると、ベンチに座って、マスクもせず、新聞を読んでいた。
彼は、生き方を変えなかった。結局、彼は彼が予言した通り、2度、コロナに罹り、それは風邪みたいな症状で終わった。カリンヌは3回罹っている。
ちなみに、マスクをし続けているぼくは、まだ、一度もコロナに罹っていない。※ぼくは歌手だから、ずっと、必要なんだ。
「ツジさん、君が言ったことで忘れられないのは、これまでの世界とは違う世界が始まる、と言ってたことだ」
「ああ、しきりに言っていたかもしれない」
「今は、どう思う」
「コロナ以前の世界ではなくなったね。戦争がおこった。世界は分裂し、対峙した。民主主義はある意味、変質し、終焉を迎えつつあるし、民主主義の仮面をかぶった新しい専制主義がこの世界を牛耳ろうとしている」
「まさに、その通り。ロシア、中国、ブラジル、インドなどが台頭し、イランとか、北朝鮮が、揺さぶりをかけている。アフリカの一部の国はロシアを公然と支持しているし、経済的にアフリカは中国の手の中だ。アメリカ一国ではこの世界はもう維持はできない。ま、まだギリギリ、なんとか持っているけれど、世界は結束し経済封鎖なんかをやっても、結局、資源を持っているロシアや中国に対し、少なくとも、欧州は勝つことが出来ない。核兵器をちらつかされ、びびってる。分断するしか、今は手がないが、それも破綻しつつある。ウクライナは善戦しているけれど、このまま戦争が続けば、もたない。2023年の早い時期に、いろいろと着地させないとならないだろうね。さぁ、世界はどうするつもりだ」
「ぼくはずっと前から、G7なんかあほくさ、と言ってきた。それが現実になった。国連なんか論外。2020年に書いた通りの世界になってきた。これまでとは違う価値観が登場し、世界は動きだしている。ここからしばらく、新しい秩序を模索する非常に大事な時期に突入をする。中国がゼロコロナで失敗した結果がどう出るのか見極めないとならないけれど、2023年は目が離せないね。アドリアン、君は哲学者なんだから、その時、人類がどうしていればいいのか、道を説いてくれよ」
「だから、俺は最初からマスクはつけていなかった。これからも、義務にならなければ、つけないだろう」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
食事が終わり、みんなが帰ろうとしていると、三四郎が珍しく、アドリアンの前で、帰らないでムッシュ、と言ったのでした。実際には「くーん、くーん」と泣いたのだけど。それでアドリアンと一緒に散歩に出て、アドリアンが三四郎のリードを引っ張って、途中まで一緒に歩きました。アドリアンとカリンヌが去って行った後も、三四郎は路上に座って、飼い主を見送るようにしていたのが、印象的でした。これだけ、犬に愛されるアドリアンという人間は実に興味深いですね。
さて、次の地球カレッジは、来年の1月29日、日曜日になりました。課題を書き参加されたい皆さん、以下をご参照ください。
「エッセイの書き方教室、第1回」
今回の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。
父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、実は、日本蕎麦との相性も抜群なんです。このアルバム聞きながら、すする蕎麦はもう、超・ソウルフルですからね。新そばがのど越しあたりで跳ね返りますよー。
蕎麦屋のご主人が羨ましい父ちゃんですけど、ジャパニーズソウルマンも、がんがん聞いてもらいたいものです。
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それから、来年、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。
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フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、
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