JINSEI STORIES
退屈日記「日本の未来を背負った医学生のメミとリリコがパリにやって来た」 Posted on 2022/12/20 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、親戚のメミちゃんが友だちのリリコさんとパリにやって来た。数日間、イギリスを旅していたのだ。昨日、ユーロスターで英国海峡を潜った。
ぼくの妹みたいな存在でもある親戚のミナちゃんの娘なのだ。で、二人とも某医大の4年生なのである。もうお医者さんになる試験には受かっていて、あと、2年ほど大学に通うと、はれてお医者さんになる、らしい。
人体解剖なども経験しているようで、その時のことを生き生きと話す。
昨日からパリに入り、明後日まで滞在するのだという。息子の十斗にとってメミはお姉さんのような存在で、数少ない親戚の中ではもっとも親しい間柄。
日本に行く度、必ず、世話になっていた。母親代わりのミナの娘だから、・・・。
だから、十斗君、観光ガイド役を買って出た。
フレンチレストランに連れて行こうと思っていたのだけど、いろいろと悩み、2,3軒、出したリストの中で、韓国料理、が選ばれた。
フランスの韓国レストランは、日本のいわゆる焼き肉屋とは違って、というのも肉が違うので空調付き鉄板で焼くようなものはない。
韓国ドラマのヒットで甘辛の味がフランス人にも人気だ。メミとリリコも「フレンチコリアンがいい」となった。
チャプチェ、キムチパジョン、スンドッブ、ユッケビビンバ、イカと豚の辛炒め、などを注文した。
「今日はどこ、連れていったの?」
「マレとか、モンマルトルとか、ちょっと危ないところ」
「へー、面白かった?」
2人は笑顔で、頷いている。
ぼくがウイルス性の気管支炎にかかり、苦しんだことを語ると、ウイルス性なんてあるの、と言い出した二人。
「パパ、これが日本の未来」
と息子が皮肉った。
息子は大好きなメミを喜ばせようと頑張ってガイドをやったようだけれど、そういうことを普段やるような子ではない。本当に、メミのことが好きなんだな、と思った。
ひょうひょうとしていて面白い子なのだ。リリコさんも似ている。
「亡くなられた方の人体の解剖って、怖くないの?」
2人に訊いた。
「ぜんぜん、その方々の意思で生前に自分の身体を医学につかってほしい、と託されているので、一生懸命、学ばさせてもらったの。徹底的に解剖をしました。それをいかして、救える命を救いたい」
「へー、そんなものなんだ」
「筋の一つ一つの仕組みとか、勉強になった」
ぼくらは食べながら、そういう話をしている。
「メミ、どんなお医者になる気?」
「わたしは内視鏡で手術をさせたら右に出るものがない医者になりたい」
そこで、十斗が口を挟んだ。
「メミは、ゲームで稼いでいる。手先が器用なんだ」
「稼ぐ。ゲームで? どうやって?」
「投げ銭とか。ファンがいっぱいいる。プレゼントも貰ったり・・・。凄いんだ。だから、内視鏡」
「へー、メミ、いくら稼いでいるの?」
びっくりするような金額だった。ようは、ユーチューバーのような・・・。ちょっとしたアルバイトです、と笑っている。
「パパ、これが日本の未来」
息子が言いながら苦笑した。ぼくらは笑いあった。
いつになく、息子はウキウキ、いろいろと語っている。
ぼくが、パリは危険だから、気を付けるように、と二人にくぎを刺していると、横から、
「うんうん。ぼくも一度エッフェル塔で携帯をとられたんだ」
と言い出した。聞いてない。
「いつ?」
「あれ、言わなかった?」
「知らないよ」
「なんか、すれ違ったおじさんに、柔道を教えられて、気づいたら携帯を抜かれていたの」
「はー? 警察に届けた?」
「でも、そのおじさん、逃げたりしないで芝生の上でエッフェル塔見上げていてね。ぼくは普通に歩いて近づいて、携帯返して、と言ったら、ああ、と言って戻してくれた」
こういうことを、いきなり、話す。
「なんで、パパに言わない」
「パパに言わないことの方が多い。心配性だから」
「心配でしょうがないんですよ、こういう息子だから」
「今も、ボルドーの友達がうちで寝泊まりしているんだ」
「えええええええええ!!!!!!」
フランスの未来の方がやばい。
今時の子たちとの会話は、でも、ちょっと面白かった。
メミとリリコはワインを一本、そのあと、焼酎を一本、呑んだ。
「強いね」
「フランスのワイン、最高です」
「気を付けてホテルまで戻ってね。どこ?」
「サンラザール駅前」
「ちょっと危険な場所だね」
「そうなんですね。気を付けます」
息子が帰り方を教えていた。地下鉄の乗り継ぎが理解できないようで、息子がしつこく、教えていた。そしたら、歩いて帰ろうかな、と言い出した。
「パパ、地下鉄にものれない。日本の未来が心配だね」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
女子医学生の実態がよくわかりました。たのもしい部分の方が、不安な部分に勝っていて、よかったと思います。また、パリに来たい、というので、オランピアのライブのことを教えてあげました。来そうな勢いでした。日本から出ない若者が増えているので、実際、日本人をあまり見かけなくなったこともあり、この医学生たち、頼もしかったです。頑張って、素晴らしいお医者さんになり、人々のために働いてほしいものです。
さて、さて、明後日、22日、パリを散歩する、地球カレッジ、本年度最後のオンラインツアーをやります。とくに何も仕掛けはない冬のパリ散歩です。ぼくは街の案内人でしかないですけど、ぼくの暮らす街を一緒に覗いてみたいみなさん、家の近所を歩きます。「パリごはん」でおなじみの八百屋のマーシャルがゴールで待ち受けていますので、野菜でも買いましょう。どしどし、ご参加ください。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。
父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。
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