JINSEI STORIES
滞仏日記「ニコラと一緒にフランス対アルゼンチンの試合を観た。そこにドラマが」 Posted on 2022/12/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、昼前に、十斗がごはんをたべに帰って来た。
16時からワールドカップの決勝大会「フランス対アルゼンチン」があるので、一緒に観ようということになっていたのだ。
ところが、もう一人、不意のゲストがやってきた。ニコラだった。
SMSが入って、一緒にサッカーを観たい、というのである。
じゃあ、みんなでランチを一緒に食べようということになった。駅まで迎えに行き、ピザ屋さんに向かった。
「どうしたの?」
「・・・・」
暗い。何かあったな、と思ったが、年頃だし、しょうがないかな、と思って、ほっとくことにした。
「パパ、ぼくはね、やっぱり、ウイリアムたちとみんなで試合を観ることになったから、ご飯食べたら帰るけど、いいかな」
今度は十斗がそんなことを言いだした。
「そうなんだ」
「ウイリアムの誕生日なんだよ」
「あら、そりゃあ、みんなで祝ってあげた方がいいね」
「うん」
ピザを食べ終わると、息子は自分のアパルトマンへと帰って行った。
ぼくはニコラと家に行き、iPadを立てて、サッカー生中継を観戦することになった。
「マノンは?」
「知らない」
「なんで家で観ないの?」
「今日は、パパの家に行くはずなんだけど、なんかね、気が乗らないんだよ」
「ま、そういう時もある。じゃあ、一緒に観よう。終わったら、送っていくよ」
16時、試合が始まった。
「ムッシュ・ドロール(変なおじさんという、ぼくのあだ名)、実はね、ぼくは何をやってもダメなんだ。うまくいかない。強くなれない」
「なんで? 学校でクラスメイトとうまくいかないの?」
「・・・・」
「ニコラ、人生は長いんだ。いいこともあるし、ダメな時もある。そうだろ? 山あり谷ありだよ、人生なんて。でも、ずっとずっとダメじゃない。ダメが一生続くことはない。頑張っていれば、勝つこともある。勝てなくても、負けないこともある」
「そんなのないよ」
「ある。だって、みんなが勝てるわけじゃないだろ。みんながイーロンマスクになれるかい? 大金持ちになれないけれど、それぞれの幸せをつかむことが出来る。そういうものを人生という」
ニコラは溜め息をもらした。うざいことはこれ以上、言わないことにしよう。
ぼくらはもちろん、フランスを応援したのだけれど、開始早々、いきなり、フランスは二点をとられてしまった。ありゃりゃ、・・・。
2:0になった。
「勝てない」
「ニコラ、まだわからない」
ぼくはやばいな、と思った。
アルゼンチンの選手の方がボールを保有率が高いし、動きもシャープなのだ。
ぼくはニコラに寄り添い、試合を観ていたのだけど、こりゃあ、フランスチーム、神様に見放されているな、と思った。
何せ、メッシが凄いのである。
あれ、三四郎は???
その時、ものかげで、三四郎が怪しい動きをしていた。
ソファの影に隠れたのである。何か悪いことをするとこういう動きをする。
変だな、と思って、様子を見にいくと、テーブルの上においてあったぼくの分のパリ・ブレスト(ノアゼットの生クリームシューケーキ)が跡形もなく消えていたのであーる。
「うわあわああああ、なんちゅうことを!!!!!! 三四郎!!!!!」
ぼくは慌てて、三四郎をおいかけた。
すると、三四郎が走って逃げだしたのであーる。
やっと、風呂場で捕まえた。口の周りに生クリームが付着していた。
ぼくは烈火のごとく怒った。
「ダメだろ。こんなのを勝手に食べたら。死んじゃうぞ」
怒鳴った。
これがチョコレートケーキだったら死んでいたしれないのだ。
ひやっとした。
犬の内臓はチョコレートを分解する力がないから、食べると最悪死ぬ場合がある、と先生に言われていたのだった。
ぼくは落ち込んだ。何度も、そういうものを食べちゃダメだ、と教えたし、手(脚)の届かないテーブルの上に載せていたのに、・・・。
彼はジャンプして、よじ登ったのである。これは叱らないとならない。
やっちゃダメなことをしっかり教えないと、彼の命が縮まってしまう。
こっぴどく怒っていると、今度は、遠くから歓声があがった。
ニコラだった。
後半、ちょっと離れている間に、フランスが2点を返したのである。同点であった。
「すごい、すごい、奇跡たね」
「同点だよ!!!
試合はそのまま延長戦へと、突入であった。
※ ここで、先の日記、興奮し過ぎで、ぼくの間違いでした。
延長戦、先に点をいれたのがアルゼンチン、最後、エンバペのPKで同点に追いついたのです。訂正しておきますね。
・・・・
延長戦で、またまた、3対2、と逆転されたのだけど、
ペナルティからのエンバベのシュートでフランスがゴールを決め、またしても同点になったのである。
「やったー」
とぼくらはハイタッチをしあった、
「凄い、ムッシュ、また同点だよー!」
「おお、やった」
ニコラが笑顔になった。良かった。
「ほら、頑張ったら、こんなチャンスもやって来るんだ」
凄い試合であった。ぼくはニコラの横に座り、真剣に応援をすることになる。(三四郎は叱られたので、風呂場で小さくなっていた)
ニコラはもう満面の笑みになっていた。この子をサッカーが励ましているんだ、と思うと、嬉しくなった。
このあとはPK対決になる・・・。これはもう、わからない。
「ニコラ、言っときたい」
「なに」
「勝ち負けは大事だけれど、ここまでいい試合が出来た選手はみんな素晴らしいと思わないか」
「うん」
「メッシもエンバベも凄いね」
「うん」
試合は、PK戦の結果、アルゼンチンの勝利となった。でも、ニコラはもう落ち込んでいなかった。納得しているようだった。
「あんなに負けていたのに、ここまで凄い試合をやったフランスチーム、ムッシュ、すごいなって、思ったよ」
「アルゼンチンもすごかったね」
「ムッシュ、なんとなく、元気になった」
「よかった。明日から、また、頑張れるか?」
「うん、ゴールを目指す」
「よし」
19時過ぎに、ぼくは車で、ニコラを彼のお父さんの家へと送っていった。
その車中、ずっとニコラはサッカーの試合について熱く語っていたのだ。勝ち負けじゃない、素晴らしい試合であった。少年に諦めないことを教えてくれた、全ての選手たちに、言いたい。
お疲れさまでした。
やっぱり、熱血だよな。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
いい試合でしたね~。歴史に残る試合だったと思います。勝者はアルゼンチンです。でも、フランスもいい試合をやったと思います。メッシ、お疲れさまでした。エンバベ、君はかっこいいね。神様がみんなを勝たせてくれたような名勝負でした。
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