JINSEI STORIES
退屈日記「真夜中にぼくは息子のことを考えた。終わりのない推敲のような人生」 Posted on 2022/11/28 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、時差ぼけなのである。
日本とフランスの時差が8時間あるこの冬時間の時期の日仏の移動は、夏時間7時間差の頃の移動と比べるときつい。
夜は早くからめっちゃ眠いし、早朝に目が覚めてしまう。
徐々に時差は解消されていくのだけれど、まだ、今のところ猛烈な時差ぼけの中にあって、10時に寝ても、3時にはぱっきーんと目が覚めてしまうのだ。
真っ暗な寝室の天井を見上げながら、ぼくは家族について考えた。
夕食を終えて、自分のアパルトマンへと戻って行く息子の背中が脳裏に焼き付いた。この子は今日、久々に父親とご飯を食べて楽しかったのだろうか、と思った。
それからずっと、息子が子供だった頃のことを思い出していた。
あの子はずっと家族に飢えていた。
ぼくは父親として彼に幸せを与えてやることができたのだろうか、と思った。
よくわからない。少なくとも、息子の心に何か欠落した穴ぼこがあるのだろうな、と思った。それを埋めるには、手遅れすぎる。
ぼくは暗闇の中、起き上がり、キッチンで水を汲んで飲んだ。
ドアの隙間から三四郎が闇の中を入ってくるのがわかった。
「まだ、朝まで時間があるから、もうちょっと寝てなさい」
息子に言うように告げて、彼の頭をさすってやり、ぼくは仕事場へと向かった。
まっくらな廊下を歩き、突き当りの仕事場の電気をつけると、三四郎もくっついてきて、ぼくの足元の絨毯の上で寝そべった。
一人掛け用のソファに腰を下ろし、息子が小さかった頃の写真を見つめた。
十斗も、こうやって、ぼくにくっついて生活したかったのかもな、と思った。
「パパ、ぼくは田舎で畑を耕しながら生きていきたいんだ」
食事中、そんなことを言っていた。
「いいね」
とだけ返しておいた。
ぼくはちゃぶ台の上に積んである受講生から送られてきたエッセイを掴んで、お茶を飲みながら、鉛筆を片手に推敲の作業をやった。文字を一つ一つ検証していく作業である。
静かな時間が流れている。
手を休めると、寂しそうな息子の顔が脳裏をかすめていった。
「車の免許証を卒業までにとりたい」
そんなことを言っていた。
本棚にある辞書に手を伸ばすと、息子が生まれた頃の写真が目に留まった。
うちなんかに生まれて来て幸せだったのだろうか?
ぼくは静まり返った仕事部屋でそんなことを思った。
人はどこに生まれるのか選ぶことが出来ない。
でも、生まれたところがその人の世界となる。そこで生きる意味を探していく。
人間はめんどうくさいなぁ、と思う。
不条理な戦争もあり、普通に暮らしていてももめ事というのは舞い込んでくる。
息子は運転免許証をとらないとならない。でも、学生の身分だから、車なんか持つことが出来ないのだ。なんのために免許証を取得するんだ、とぼくは言った。
「だって、社会人になったら忙しくて時間がなくなるでしょ?」
「でも、車を持たないと免許証だけ持っていても、どうにもならないし、パリは今、車を締め出そうとしているのだから、そのために使う時間がもったいなくないか? 田舎暮らしをしたいなら、そこで免許を取る方が現実的じゃないか」
なんでぼくは彼の夢をへし折ることばかり言うのだろう、と思った。
「ま、そうだね」
と息子がつぶやいた。
ぼくは真夜中にそんなことを思い出して、へこたれてしまった。そんなことを言いたかったわけじゃなかったのに。
くだらない話をして、笑いあいたかったのに・・・。
暖かい紅茶をいれて、それを飲みながら、受講生のエッセイに赤を入れていった。
書くことがなくならないのはなぜだろう、と思った。
ファイト、とぼくはぼくに向けて言った。
真夜中の仕事部屋で立ち尽くし、人生を振り返ってしまった自分に向けて・・・。
ぼくは息子を抱きしめてやったことがあっただろうか、と自問した。
いつまでも不器用な父親でしかなかった。
父親らしいこととは何だろう、と思った。
赤ちゃんの頃の息子の写真を一枚撮影し、それを十斗に送ってやった。
メッセージは添えないで、真夜中に・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
日本は午後三時で、フランスはもうすぐ朝の七時なのです。こんなことを考えながら、4時間もぼくは仕事場で時差の中、誰かが書いた文章を直していたのです。ぼくの本棚にはでも、息子の写真がいっぱい、飾ってあります。あいつが大学生になったら、もうちょっと大人になるだろう、と思っていましたが、この関係はまだまだ続きそうです。