JINSEI STORIES
退屈日記「母さんが夜間、叱られながら、歩行練習をする意味がわかった」 Posted on 2022/11/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、弟の恒ちゃんが、入院中の母さんの病院に洗濯ものをとりに通っている。
恒ちゃん、情報によると、母さんは、「オランピア劇場に行く気まんまん」ということで、ナースコールもおさないで、夜間に歩く練習をしているのだ、そうだ。
もっとも、ナースコールを押さないのは、看護師さんに夜中に迷惑をかけたくないから、というのもあるようだ。ぼくと一緒で、不眠症気味なのである、恭子さん。
夜中に眠れず、歩く練習をしている。何のために? それは、パリに行くための・・・。
ぼくの主治医の大倉先生も看護師さんも皆さん、困っているようであった。本当に、申し訳ない・・・。
先ほど、大倉先生からメッセージが届いた。それによると、
「時間が経つにつれて、症状は改善されています。今朝も順調なので、検査次第ですが、明後日には退院できそうです」
とのことであった。
「おお、よかった」
だからこそ、うずうずするのであろう・・・。みんなに迷惑をかけたくないから、早く歩けるようになりたい、のであろう・・・。
負けん気が強いからね、恭子さん。
ただ、母さんは、やはりパリに何がなんでも渡りたい、オランピアに行きたい、という希望があるようで、気持ちはよくわかるのだけど、脳に障害があるのでは難しい。
ぼくも困っている。夢をかなえてやりたいけれど、長生きもしてもらいたい息子たちなのであった。
昨夜は、フランスのスタッフさんらと、明け方までやりとりをしていた寝不足の父ちゃん。
息子に、オランピアのポスターをSMSで送ってみた。
すると、普段は既読にもならないのに、一瞬で、
「かっこいい」
とメッセージが戻ってきた。あはは、驚いた。
なんか、めっちゃ嬉しい父ちゃんだった。息子に、こんなこと、言われたことがなかった。おばあちゃん子なので、母さんのことを伝えるべきか悩んだが、まもなく退院できることがわかったので、言って心配させても仕方ない。治ったら、教えてあげよう。
「大学、問題ないか」
とメッセージを送りなおした。
返事なし。
ま、いいか。
※ オランピア劇場のチケット発売開始までのカウントダウン・・・。この写真だと、一日と3時間、21分、・・・。どんどん、発売時間が迫っています。実はぼくも母さんの席を自分で買うつもりでいるのです。一応ね、長生きしてもらいたいから、来ないでほしい、とは思っているのだけど、記念に、とって置く予定で・・・。ゲットできたら、お見せしますね。
今日の検査結果をうけて、ぼくは帰仏日を決めたい。あと、一日、二日様子をみて、帰ろうかな・・・。荷物をまとめなきゃ。
母さんと電話で話せる段階になったら、オランピアのことは言わないとならない。
「わたしも行くよ」
と言われたら、どう返事をするか、ちょっと考えながら、今日は遠くの空を眺めて、過ごそうと思っている。
そういえば、昨日は、NHKのパリごはんのスタッフさんらとミーティングもあった。
そろそろ、最終回になるはずだけど、NHKのSさんから、視聴者の皆さんから、「いつまでも続けてほしい」と局に電話があるんですよ、と教えてもらった。
あんなぼくのどうでもいい日常なのに、ありがたいことだな、と励まされた。この場を借りて、お礼を言いたい。
現在、秋冬の撮影中なのだけど、どういう番組になるのか、話し合いが持たれた。ぼくが日本にいるので、ZOOMではなく、対面で話が出来てよかった、と思う。
最終回までがんばって、これも撮影を続けなきゃ、と思うのだった。
オランピア劇場ライブの直前くらいまで、この番組が続けばいいのにな、とはじめてそんなことを思った父ちゃんであった。
監督の義和さんとはまだ飲んだことがない。パリで、呑めるといいのにね。
穏やかに、今日も、皆さん、熱血でいきましょう。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
パリに戻ったら、「パリごはん」の秋冬編の撮影をしながら、日々を過ごしていくつもりですが、「息子飯」だった日々から「一人飯」にかわってしまったこともあり、どういう料理がぼくの食卓を彩るのか、今はちょっとわからない状況でもあります。でも、母さんも、ぼくも、恒ちゃんも、息子も、三四郎も、食べないと生きていけないので、人生のコーナーを曲がり切るための元気が出るごはんをじゃんじゃん作って行きたいなぁ、と思ったのでした。熱血~。