JINSEI STORIES
滞日日記「幻の妻がやばい。あはは。2025年の自分が見えない今の時代にて」 Posted on 2022/11/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、日本にいると、フランスで何が起こっているのか、ぜんぜん、わからないのが不思議であーる。
不意にご近所仲間のアドリアンやピエールなどが消えてしまい、ぜんぜん、今まで会ったこともなかった人たちに囲まれ、たとえば今日の昼は料亭で懐石のお弁当を頂いたのだけど、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」をクラシックの人たちと一緒にやる企画なんかがあって、その話をしながらも、奇妙な感覚というか、自分ここで何をしているのだろう、という錯覚に包囲されてしまった。
ストラヴィンスキーがロシアの作曲家だということや、兵士の物語が、100年前のパンデミック時代に作られた曲だとかいう、そういう蘊蓄を訊かされながら・・・。
その後は、場所を移して、人も変わり、別の演出の打ち合わせがあって、新作を作ろうということになったり、旧作の再演とかもいいね、と盛り上がったり、でも、劇場があいてないので、2024年以降、もしくは2025年頃になりそうだ、というようなけっこう気の長い話しあいが持たれたのだった。
でも、現実はというと、昨日は地震もあったし、北朝鮮のミサイルが飛び交ったり、ロシアが戦術核をちらつかせたりする時代にあり、2025年の計画って、なんか、イメージが沸き難く、ぼくは借りてきた猫のような感じで、人々の前にいた。
※ 懐石のお弁当、素敵でしたー。
みんな何をしているのだろう、と思った。ピエール、アドリアン、ロジェ、マーシャル、そういえば、プロモーターのベルトランからも連絡が途絶えたまんま。
やっぱり「オランピア劇場」は無理だったのか、あんなに「いい感じだよ」とか、言ってた癖に、不意に、音沙汰がない・・・。
SMSを送ってもかえってこない。
ロブソンはどうした? レコーディングのその後の進捗が聞こえてこない。
これらは一万キロという距離のせいなのだろうか・・・。みんな、何してるんだよ、なんで連絡よこさないんだ!
WhatsAppで毎日、冗談メールをよこしていたパトリックやピエールはなんでぼくを忘れる? 世界中どこにいてもメッセージなんか受け取れる時代なのに。
日本に入って、3週間ほどが経った。
今日はずっと打ち合わせが続いており(現在進行形)、忙しいから、落ち込む暇もなかったが、どうやっても「未来」の話が出来ないのである。
2025年にどこかの劇場が決まったとして、オーケストラや、俳優さんが見つかったとして、その時の自分がどういう状態で、演出のことを考え、どこで暮らしているのか、まったく見当がつかないのである。
前は、見当が出来た。
でも、パンデミックだ、戦争だ、温暖化だ、円安だ、こういう時代に自分の未来を描くのって、めっちゃ難しい。
あなたは3年後、どこでどうやって生きていると思いますか?
秘書の菅間さんが急逝してから一年が過ぎようとしているが、まだ、傍にいるような気がしてならない。
カメラマンの七種諭も同じころに急逝した、あいつもまだよく頭の中に現れ、辻っちらしくないねー、がんがんやれよ、とか言って笑っているし、菅間さんがその横で、くすっと微笑んで、でも、辻さんなら、大丈夫、とか言って・・・。
そういう人たちがいなくなり、新しい人がやって来る。今日は「はじめまして」ばかりだった。クラシックの人、出版社の人、テレビの人、・・・。
でも、その人たちと、どういうご縁が生まれ、続くのか、今、わかるわけがない。
すると弟子の長谷っちから、三四郎の写真が届いた。
ぼくは東京のビルの谷間でそれを受け取り、不意に、喜びに沸いた。
ああ、これだ。ここにぼくの帰る場所があるなぁ。
いつもの公園を散歩する三四郎だった。
そういえば、今日、NHKの有馬さんからも、奥さんと愛犬めーこちゃんが帰省中で寂しい、と連絡があった。
あはは、奥さんいるだけええやんか、と思ったのは、父ちゃんだけか、・・・。
昨日、日記で書いた通り、夜になると寂しくて、バーに行き、カウンターの端っこで、ハンチングを目深にかぶって、幻の妻(こぶとりでずっと微笑んでいて優しくていい人です)を作成して、空想にふけって、幸福ごっこをしている、父ちゃん。
あれが現実なのである。結構、やばい・・・あはは。
今日はこれから、dancyuチームが飲み会に誘ってくれたので、植野編集長らがぼくの孤独を癒してくれるというので、ま、よかったのだけれど、やや、働きすぎ&孤独が、ずんずんと押し寄せて来ている父ちゃんの精神状態が心配であーる。(他人事みたい)
昨日、観たNHKのテレビ、あれはあれで真実なのだけど、(ええ話しやなぁ、と思ったった)しかーし、カメラが回ってないところの父ちゃんの方が実にリアルなので、問題はそこなのである。
2025年が見えない。この世界とこの自分がその時、どこでどうなっているのか、全く予測がつかない、そういう時代なのであーる。
どうしたんだ、熱血はどこだ! 父ちゃんは闇の中で必死で気合いを入れている。
皆さん、
「合言葉は熱血」です。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございました。
ぼくの妻、という幻想ごっこは、アルコール度数の高いウイスキーなどを5,6杯くらい立て続けに呑むと、出現します。やばいのは、名前を付けそうな勢いでして、でも、なんか、ま、その方は、落ち着く人です。ころころしていて、ぼくが偉そうにしても、笑っていて・・・。