JINSEI STORIES

退屈日記「ぼくは行きつけのBARで奥さんとラブラブな夜を過ごしたのであーる」 Posted on 2022/11/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、急に退屈になってしまった。
映画の編集が終わり、今は、仕上げチームが作業を開始したので、ぼくはそのチェックに時々、覗きに行くことくらいしか、やることがなく、映画が完成するまでのあいだスタジオと宿の往復、他は待機みたいな、・・・だからといって東京から離れて温泉に行くことも出来ないし、いや一泊二日くらいなら出来るんだけれど、一人で温泉行ってもねぇ、あまりに不自然で、寂し過ぎるやろ。
誰かマダム一緒に行きませんか? 
となるが、浮いた話もないし、そもそも相手いないし、それ以前にパッションがなーい。あはは。
「さびしィー」
三四郎も十斗もいないので、面倒をみる相手がいないのがいけないのだ、と思った。
父ちゃんという人間は、マジ、世話好きなのである。誰かのためにご飯を作るのが、というよりそこへ向かって「買い物」をしたり「料理を考えたり」するのが好き。
美味しいものを食べるのじゃなく、奉仕するのが好きな「主夫」である。
だから、こういう暇は敵なのだった。
うわあ、退屈じゃあああああ。
誰かにご飯作ってあげたいー。



バーに入り、バーボンを飲んだ。
このそっとしていおいてくれる日本のバーに感謝なのである。
バーマンは遠くでグラスを磨いている。
実に小説のような雰囲気に父ちゃんは酔っている。
ハンフリーボガートな父ちゃん。あはは。
実はフランスにはあまりバーがない。普通のカフェが、いわゆるバーの要素も有しているので、日本風バーというのは高級ホテルの中とかにしかない、かも・・・。(実際はあるんですけど、数は超すくなし)
カウンターがあって、そこに並んで飲むだけの小さなバーは、すくなくともぼくが暮らす界隈にはない。
日本はBAR天国だ。
止まり木というけれど、スツール椅子に座り、ぼくは体を休める鳩のようにうなだれて、バーボンを舐めている。くうー、染みる~。
「あなた」
ぼくは横を向く。ぼくの奥さんがいる。
「あ、お前か。ありがとう。迎えに来てくれたのかい」
「ええ、迎えにきたのよ、きっとここにいると思って」
「ああ、おまえもいっぱいやるか? 同じものでいいね」
「じゃあ、呑んじゃおうかな」
ぼくはバーテンダーに合図を送る。くうー、いいなぁ。こういうシチュエーション。
氷を砕いて、バーマンが丸くなった氷をグラスにいれ、そこにバーボンを注いだ。
妻がグラスを手に持って、ぼくらは小さくグラスの先端をぶつけあう。
「おいしい」
「うん」
えくぼの出来る可愛い奥さんだ。歳を重ねてますます優しい顔になっている。そのえくぼも片方にだけできる。ちょっと昔よりもふっくらとしたけど、それが何よりも嬉しい父ちゃんなのであった。
片えくぼって言うのかなぁ。ぼくは幸せなのだ。思わず、口元が緩くなる。バーボンが染みる。
「あのね、今度の日曜日、熱海の温泉でも行くか?」
「ええ? ほんと? お仕事じゃないの?」
「いや、別に、こんなに働いているんだから、構わないよね」
「行きたい」
「よし、じゃあ、行こう。新幹線で」
「新幹線で、いいですね」
ぼくの奥さんは、時々、敬語を使ってくれるんだ。いいですね、が、いいですねぇ。ふふふ、嬉しいなぁ。涙が出てきた。ぐっと、こらえる父ちゃんなのであーる。涙が出るけど、笑顔なのであーる。63歳だからねぇ。あはは。

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「お客さん」
え?
「お客さん、おかわりどうします?」
ぼくは横をみると、奥さんはいない。むくつけきおっさんたちが、みんなうなだれてウイスキーなどを舐めている。ウイスキーはお好きですかぁ~♪
「あれ、奥さん、かえっちゃた」
「は?」
「いや、なんでもないっす。ええと、おかわり」
「もう、やめられた方がいいんじゃないですか? ちょっと飲みすぎですよ」
「じゃあ、お勘定」
ということで、結構な金額を払って、そこを出た。はー、酔ったけど、幸せだったなぁ。また、ぼくの奥さんに会いにバーに行こう。
ということでコンビニに立ち寄り、食べきれないほどのお弁当やおいなりさんを買った父ちゃんであった。
めでたし。

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つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
コンビニのお弁当のレベルが高くて、びっくりしながら、これらを酔った勢いと寂しさでほぼ食べきった、信じられない父ちゃんなのでした。とくにおいなりさんがやばウマでした。何か、無理してでも仕事をばんばんいれていこうと思います。このままだと、バーで逮捕されてしまうかもしれませんので・・・えへへ。早く、パリに帰りたい~。

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