JINSEI STORIES
退屈日記「円がいつ回復するのか、大胆予想。これはおもろい投資家談義」 Posted on 2022/10/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、疲れがたまっていたので仕事はやめて、焼き鳥屋さんに出かけたのだった。
いつものカウンターの端っこの席に陣取った。一応、眼鏡とマスクとニット帽という怪しい芸能人風の恰好であーる、えへへ。
するとそこのクールなママさんが珍しくぼくの前にやってきて、「最近、辻さんのファンになっちゃったの。日記、読んでるのよ~。毎日」と笑顔で言うではないか。
最近の日記の出来事をママさんが小声でぼそぼそぼくに告げ、なんかよくわかるのよ、うんうんって感じ、とおっしゃった。すると、ぼくの隣に座っていた紳士が、あの、辻さんですか、ぼくも読んでます。アドリアンとか、面白いですよねー、とか言い出したのであーる。
ママさん、やばい、と思って、慌てて、逃げだした。あはは。
でも、普段だと「ありがとうございます」で終わらせるところだが、なんか、その紳士の佇まいというか、知的そうで、つい、アドリアンは面白い哲学者なんですよね、と返してしまったのだ。
若者たちと長く撮影をしてきた反動というか、知的な大人の会話がしたかった。ま、寂しかったのかなぁ。えへへ。
ところがそこから一時間ほど、ぼくはその紳士と激論を交わすことになるのである。
※ これは父ちゃんの一押し。笑。
最初に説明をすると、その人は投資家で、もともとはメガバンクのエリート銀行員、全世界を相手に仕事されてきたのである。
学生の頃はパリ近郊のフォンテンブローの大学(超有名大学)に通っており、フランス語も堪能、フランス通であった。
フランス繋がりで、ぼくの日記を読みだしたわけだ。
実は、その店のママさんも、かつてフランスで暮らしていた。ぼくの滞仏日記はフランスで生きる日本人の日々のよもやま話なので、・・・にゃーるほどね、繋がるわけにゃ。
アドリアンやコロナ禍の話しから、金融、政治、経済、露ウ戦争、ブラジルとアルゼンチンの違い、アジアがなぜ一つにならないのか、民主主義と専制政治の世界二極化、などなど、話は尽きなかった。ぼくが思うこの世界の今後、みたいなことを存分に語ったら、「面白いなぁ、辻さんはぁ。さすが作家だ」と言うので、めっちゃ嬉しくなった父ちゃん、ひひひ、超単純なのであーる。
議論、楽しかったなぁ。
しかし、日本の投資家が何を考えているのかを聞く、これまた、絶交のチャンスでもあった。そこで、こういう機会はめったにないと思って、今度はぼくからガンガン質問をぶつけさせていただいたのである。
「円はどこまで落ちますかね?」
「そうですね、150円後半、もしかすると160円くらいまで行く可能性もないとは言えないですね」
「やばいなぁ。マジすか?」
日本から送金出来ない、と焦った父ちゃん。
「円はもう回復しないですか? 日本は没落すると言われて久しいですが、投資家さんはどのように予測されますか?」
「いいえ、日銀黒田総裁がご退任されれば、円はあがるでしょうね。来年春がおやめになる時期ですから、1月くらいから次の総裁の名前が出て来て、円は回復基調に転じると思いますよ」
「おお、じゃあ、海外送金は来年まで待つ方がいいということですな」
こういう話を生で聞ける、居酒屋談義ならではなのだ。楽しかったぁ・・・。円もあがれ~。
「黒田さん、ダメですか?」
「ダメですね。黒田さんのバズーカ砲、最初は威力ありましたが、もう、十年もばんばん打ってるわけで。そうなると市場は慣れちゃう。もはや、あのバズーカは麻薬みたいになっているというわけです。二期10年をつとめて彼がおやめになれば、この流れは変わります。あとひとつ、日本人の面白いのは、危機的状況になると強い経済人が出現する、不思議な国民性。明治も、戦後も、そうでした。ぼくはこのまま日本がずるずると没落するとは思っていまえん」
ここからぼくらは、トヨタの未来、イーロンマスクのこれから、世界中の経済人の話へと拡大していくのである。
「ほえー、新鮮なお話、ありがとうございます」
授業料を払いたいくらいであった。
会社の名前などは失礼になるから聞かなかったが、一等地の金融ビルにその投資家さんの会社がある。彼の横には東大法学部出身で一時期バリスタをやっていたという不思議な経歴を持つ若い投資家さんもいて、時々、合いの手砲をぶっぱなしていた。
東大法学部を出てバリスタになった動機を聞きたかったが、さすがに、時間切れとなってしまった。もう、寝なきゃ。明日から編集がはじまるのだから・・・。
ともかく、めっちゃ興奮する知的な居酒屋談義であった。
投資家さんには、滞仏日記における、経済面でのご意見番として今後も、ご登場していただきたい、・・・。おほほ。
ま、来春から日本の円はカムバックするというこの説を希望に、今年は乗り切りましょう、みなさん。
議論が楽しいと元気になるね。
「合言葉は熱血」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
辻さんは何を飲んでおられるのですか、と投資家さんに聞かれたので、焼酎の兼八ですよ、さすがに日本に来てワインは飲みませんねぇ、と教えてあげた日本を代表する愛情料理研究家の父ちゃんでありました。
さて、お知らせです。
再放送が決まったんですよ、ついに、夏ご飯・・・。もうすぐ冬ですが、見逃した皆さん、ぜひ、ご覧くださーい。投資家さんも、ぜひ、観てね・・・。
「ボンジュール!辻仁成のパリごはん〜 2022 夏〜」11月3日、文化の日の夕方の放送となります。
●再放送「ボンジュール!辻仁成のパリごはん〜 2022 夏〜」
【BSP】 11月3日(木) 午後4時35分~〜5時34分
※ アドリアン~、元気かぁ、・・・。