JINSEI STORIES
滞仏日記「今度は肋間神経痛で動けない父ちゃん。いったいいつまで続くのだ」 Posted on 2022/10/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、レコーディングが終わったので、メンバーと打ち上げをやろうということになり、12時にパリ中心部のカフェで待ち合わせたのだけど、な、なんと、その朝、ぼくはかなりハードな肋間神経痛になった。
最初はぎっくり腰かと思ったが、腰じゃなく、肺の裏側の肋骨の間に激痛が走るのであーる。
うおおおおおお、と大声をあげて、倒れこんでしまい、呼吸はできないし、動けないし、どうしようもないところに、父ちゃんが遊んでいると思ったのか、三四郎が飛びのってきたから、さぁ、大変。
どけようとするのだけど、パパしゃーん、遊んでー、ぎ、ぎゃあ、激痛~!!!
「さんしー、どけ、そうじゃない。今、やばいんだよ」
「くうううん、くうううん」
三四郎が尻尾をふって、ぼくの上で暴れまわる。た、たすけて~。
ということで、打ち上げはいったん、延期に。
でも、昼過ぎに回復の兆しが見え始めた。
きっと、気管支炎で一月、咳き込んだことで体力が落ちていたところに、アルバムの歌入れを強行し、それはなんとか歌えたのだけど、昨晩、地下室から一人でオーブンを家まで運びあげたのがいけなかった。
は? オーブン? なんで?
実は、アパルトマンに付帯していたオーブンが愛情料理研究家の父ちゃん的には、気に入らず、前のアパルトマンで使っていたものと、交換をしたのだ。
地下室に保管してあったオーブンを持ち上げ、階段を上っていると、ギギ、いやーな、音が肺の周辺でした。
でも、がんばって自宅まで運んだら、やれやれ、このざまであーる。気管支炎+咳+歌入れ+オーブン=肋間神経痛、とあいなった。あはは。
※ これがぼくが担いで運んだオーブン、めっちゃ重かった~。
※ そして、こちらがおなじみ、マリオじゃぁ!!!
ということで、ランチは出来なかったが、夕方、再度、全員に号令をかけ、パーカッションのジョルジュとプロデューサーのロブソンとうどん屋の野本しゃんは来れなかったが、バイオリンのマリオ、ピアノのエリック、そして、ベースのホセ・ケンタウロスがやって来たのである。あはは。
みんなで、乾杯。父ちゃんは肋間神経痛なので、アルコールはやめておいた。←本当です。これがその証拠の写真になります。←乾杯のふりです。あはは。
※ 左、ピアニスト、エリック・モンティニー。いいやつです。
いやあ、それにしても、肋間神経痛できついのに、ヴァイオリンのマリオが、ずっと、ぼくを笑わすのである。2時間、ぼくらは笑い続けることに・・・。
「わたしは日本語から来まして、勉強しています。わたしの名前はマリオ・フォルテです」
片言の日本語なのだけど、さすがバイオリニスト、耳がいいから、なんとなく日本語の輪郭をしっかり掴んでいるのである。
「耳がいいね」
というと、
「わたしは耳がいいです。日本語を勉強しています」
と返って来る。
おお、すごい。お笑い芸人に負けない速度だ。
ユキコさんというのはマリオのかつてのガールフレンドである。今はアンナさんというガールフレンドがいるのだけど、なぜか、アンナよりもユキコのことばかり話す。2時間ずっとユキコ・ミヤガワを連呼しているのだから、わけがわからない・・・。
ユキコさんのことをぼくは存じ上げていないが、どうも、ちゃんとされた方のようだ。
「ぼくが辻と呼び捨てにしていたら、ユキコに、辻さん、と言わないとダメよ。あの人はあなたよりうんと年上の方なんだから、と言われたんだけど・・・。でも、ぼくと辻はミュージシャン同士だし、辻が、呼び捨てがいいと言ったから、ぼくはうれしかったんだ。いいよね、辻で」
というようなことをマリオが言うので、
「もちろんだよ」
と返したぼく。
でも、なんとなく、ユキコさんに親近感を抱いた父ちゃんなのだった。もちろん、マリオにもね・・・。
※、 撮影はマリオじゃあああああ。アーティスティック!
メキシコ系日本人のホセ・ケンタウロスと日系フランス人のエリック・モンティニーは、マリオとは対照的でとっても大人しい。二人はずっとニコニコ微笑んでいる。
「マリオ、いつか、日本でコンサートをやるから来るかい?」
「えええ。ついていく」
「じゃあ、絶対、日本人に愛される言葉を教えてあげようか?」
「あー、ういー。ぜひ」
そこで、ぼくは彼の携帯に録音した。
「わたしはそんなに悪い人間じゃありません」
日本語のわかるホセとエリックが笑い出した。
「わたしはそんなに、わるい、にんげんじゃ、ありませーん」
おおお、凄い。一発で言えるんだ、と驚いた。
「そんなに、って・・・」とエリックが苦笑。
「ちょっとは悪いってこと?」とホセ。
「マリオ、これをしっかりと覚えて、会う日本人に片っ端から言ってごらん。ぜったい受けるよ」
「嬉しい。ありがとう。人気者になるね」
マリオに感謝されてしまった。彼は練習をはじめた。
「わたしはそんなに悪い人間じゃありません。わたしはユキコ・ミヤガワです。わたしは耳がいい。わたしはフランス語からきました。はじめまして」
ぼくらは大爆笑であった。笑うと肋間神経痛に響くのだけど、笑っていられる自分が今はうれしいのだった。
「ユキコさんは今、どうしているの?」
ぼくが訊くと、彼女は世界中を旅しています、と小さな声でマリオが言うのだった。
「わたしはユキコ・ミヤガワです。そんなに悪い人間じゃありません」
ということで、変な日本語を教えてしまったことを後悔したけれど、後の祭りであった。
次回、ぼくが彼を日本に招く機会があったら、きっとこの日本語を連発するのだと思う。次のライブかな? そして、間違いなく、みんなに愛されるはずである。
※ マリオのバイオリンは彼のキャラとは異なり、実に美しく切ないのであーる。
※ ベースとのホセ・ケンタウロス。いいやつです。彼の右手の下に、三四郎の鼻が・・・、何を狙っているのか知っています。生ハムだぶつ・・・・
つづく。
今日も読んでくださってありがとうございました。
肋間神経痛は夜にはおさまってきたので、日本行きには影響はなさそうです。それにしても、次から次にいろいろなものに襲われる父ちゃんですが、映画の撮影、大丈夫なんでしょうかね・・・。気を緩めないで挑みたいと思います。