JINSEI STORIES
退屈日記「とりあえず、頼られるパパしゃん。日曜日だけど、忙しいの巻」 Posted on 2022/10/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、日曜日の朝、いきなり携帯にメッセージ着信の音が、覗くと息子からであった。
「パパと会った翌日、ものすごい鼻水が出た。気管支炎うつったかも」
「いや、気管支炎は鼻水じゃなくて咳だから。咳は?」
「ないよ。ちょっと喉が痛い」
「いやいや、パパの気管支炎は喉痛くならないから、それ、風邪だよ。それに会ってすぐには症状出ない。大学とかでもらってたんだろ。今年は風邪やインフルエンザも流行るらしい。あと、熱が出たらコロナ検査もしとけ」
「うん」
やれやれ、と思って起き上がった。8時である。
すると、携帯に再びメッセージ着信音、息子かな、と思って覗くと、仮弟子の長谷川さんからであった。
「先生、朝早くすいません。つまらない連絡ですいません。昨夜の先生の日記の反応をツイッターの返信欄で見ておりました。その中でフォロワーさんが、仮弟子であっても、お金を払わないにしても、契約書を結んでおいた方がいいのでは、というご意見があり、もしかして、わたくし、先生に多大なご迷惑をおかけておるのでしょうか?」
朝から、眩暈が起きた。いちいち、気にする必要もないのに・・・。
「長谷っち、気にしないでいいよ。それはぼくと君との信頼関係で決めればいい」
「しかし、何かありますと、先生にご迷惑がかかります。簡単な覚書を作りますので、先生には一切、責任やご迷惑が掛からないような文面にいたします。わたくし、これでもかつて、日本企業で法務の仕事をやっておったことがあります」
そうなんだ。へー、なんでもやってるな、さすが在仏歴30年選手、と思った。会社員をしたことのない父ちゃん、法務がなにをする部署かわからないけど、じゃあ、任せます、と返事をしておいた。
「ありがとうございます。先生にそう言って頂き、光栄でございます」
「あと、長谷川さん、周囲のアドバイスはありがたいことだから、気にするのはいいけど、ただあまり気にし過ぎるのはよくないですよ。皆さん、長谷っちを応援してくれているから、あまり神経質だと逆に心配させてしまいますからね、おおらかな気持ちでやりなさい。いいね」
「ははー」
ははー、じゃないわ!
ぼくは、三四郎を朝の散歩に連れ出した。
日本は雨だと今朝の日本のウェブニュースで見た。パリは快晴である。地球は大きい。
日曜日もやっているパン屋まで歩きバゲットを買った。
三四郎は、おおじょんべんとおおうんちをした。
この子は引っ越してから、新居では一度もおもらしをしたことがない。
もう、家ではしないのだろう。我慢をすることも覚えた。
ぼくは2,3時間置きに、外に連れ出し、トイレをさせるよう心掛けている。
夜は20時が最後の散歩で、その後は朝の散歩まで、トイレはしなくなった。
立派になったね、と褒めてあげた。
ただ、三四郎にも困った問題がある。
人間の食べるものは与えない主義の父ちゃんだったが、調理されていないものは最近少し与えるようになった。野菜とか、米とか、バゲットとか。
でも、カフェなどで、三四郎はチーズを貰ったり、クッキーをもらったりするので、人間が美味しいものを食べていることには、当然、気が付いている。
それで最近、バゲットを千切って与えても、そっぽを向くのである。
前はちゃんと食べていたのに、そっぽを向く。そのそっぽの向き方が腹立つ。
しばらくバゲットをじっと見て、これかぁ、という顔をしてみせ、それからすっと視線を逸らすのだ。で、遠くを見ている。
「いらないんだね」
とバゲットをぼくが食べると、次の瞬間、足に飛びついてきて、テーブルの上の料理を覗くのだ。あれがいい、あっちのが食べたい、という顔で・・・。ううう。
それだけじゃない。犬のお菓子を与えても、味のない健康おやつは食べなくなった。
彼の好物は日本の知り合いから頂いた「すなぎも」とか「牛タン」の犬おやつ、なのである。そんなものフランスでは売ってないし、と思うのだけど、食いつきが違う。
やれやれ、困ったものである。
さて、フランスの日曜日が始まった。
休んでばかりだったので、仕事がたまっている。
とりあえず、昨日、長谷っちが作ってくれた整理棚とか机に、書類などをいれていこう。
少しずつ、仕事が出来る環境を整えていかないとならない。
働きやすい職場を作るのが、今のぼくの仕事なのである。
つづく。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
携帯を覗くと、長谷川さんから、「先生、お時間のある時にぼくの小説も読んでやってくださいませ」とうざいメッセージが届いていました。あはは。
既読にしないことにした・・・、スルー。っふふふ。