JINSEI STORIES
滞仏日記「期間限定お弟子の長谷っちがめっちゃ役立って有難すぎるの巻」 Posted on 2022/10/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は朝から大忙しとなった。
朝一番でIKEAさんが事務用品を届けに来てくれたし、昼には中島君ことエリックが、新居の掃除に来てくれた。
それにあわせて、休日だというのに書生の長谷っちが(暇なんです)IKEAの書棚などの設置手伝いに来てくれ、さらに、午後には長年の知り合いでもある電気屋ジョゼさんが来て、照明などの取り付けをやってくれたので、実に慌ただしい一日となった。
ぼくはそもそも、机や書棚を組み立てるのが超苦手。
すると、長谷っちは、それが得意だというではないか。
「先生、お任せてくださいってば。こんなのおちゃのこさいさいでございます」と、玄関のちょっと広いスペースで書棚や机を組み立てはじめたのである。
設計図など見ないで、てきぱきと組み立てていく長谷っち、結構、頼もしい男である。
「いいね、近ごろのIKEAってすごいね」
「先生、昔は、この穴にビスとかが入りにくかったんですけど、最近は改良が進んで、こんなにスムーズになりました。ふふふ、日進月歩でございますね」
「ところで長谷川さん、おたく、パリで30年も何をしていたの?」
暇だったので、訊いてみたのである。
「なんでもやりましたけど、最近まで、主な収入源はガイドとか通訳です。ただ、コロナでめっきり仕事がなくなって、今は貯金で食いつないでいます」
「なるほど。ぼくもたいしたお給料支払いはできないからなぁ」
長谷っち、ぼくを振り返って、「めっそうもないです。小説の書き方を教えてもらえれば、お金なんかいりません」というのである。
「そうもいかないでしょ? こんな書棚とか机まで組み立ててもらってるし」
「でも、おしかけ書生ですから。好きでやらせてもらっていますから、平気です。先生、ぼくは長谷っちと先生のブログに書いて頂けるだけで幸せなんです。故郷の両親が喜んでくれるんです。うちは一家揃って辻先生のファンですから」
ぎょえ、なんか、目が血走っている感じが、怖い・・・。
「まぁね。でも、タダだと頼みにくいから」
「先生がぼくの稚拙な小説を読んでくださり、高尚なアドバイスをくださったりするなら、ぼくも先生に謝礼を払わないとなりません。先生はプロで、特殊職業ですから、ぼくの仕事と一緒にはできないです。アドバイスを貰っているのだから、本来はぼくが払わないとならないんですよ、先生。しかし、残念なことに、ぼくはこの通り、お金がないので、その分、先生の身の回りの世話をさえて頂き、いわば、ギブアンドテイクにしてもらうのが一番ありがたいわけです。先生のご依頼であれば、時間の許す限り、何でもやらせてもらう覚悟です」
ま、そんなのでいいなら、いいか、と思った。
「はい、ありがとうございます。ベストを尽くさせて貰います」
実は、事務をやってくれる人を探そうとしていたので、長谷川さんがやってくれるなら、ちょうどいい。ほかにもスタッフさんはいるけど、こういうおっさんの方が、気を使わないで、ガンガン頼むことが出来る。
ただ、ぼくは男性恐怖症なので、最初はちょっと心配もしていた。え? なんで、男性恐怖症かって? あはは。それは、ひ、み、つ。
いや、単純に、女性の方が昔から気が楽ということかな。性差別? あ、いや、ううう、困った・・・。
昼過ぎ、中島君ことエリックが登場したので、長谷っちを紹介。弟子とか書生という仏語がわからなかったので、最強スタッフ、と説明しておいた。
「エリック、今日はこの通りだから、普通の掃除はできないよ。何が出来る?」
「ムッシュ、窓ふきとかどうですか?」
「あ、いいっすね。ぼくもお手伝いさせて頂きます。うっす」
横から、長谷っちがしゃしゃり出て来て、力を込めて、言うのだった。うざ。
ということでエリックがいるうちに、事務所の片付けなどを長谷川さんも交えて一緒にやって貰うことになった。段ボール箱を部屋の隅に移動させて貰うだけでも有難い。
ぼくは長谷川さんが組み立てたIKEAの棚に資料などを詰め込んでいった。
※脚立がないとフランスの家は何も出来ない。天井まで4メートル!!! エリック、最近、ちょっと恰幅がいい。
※ こちらがジョゼさん・・・。前のアパルトマンの水漏れ事件で知り合い、そこで超親しくなって。また、ここでもお世話になりますよ~。ジョゼ、曰く、「ここの電気関係はぼくが今後、ずっと、完璧にやりますからね」
午後、そこにジョゼがやって来て、玄関などに照明器具を取り付けてくれたのだ。
「いいっすねー、最高っす。ジョゼさん、上手」
あの、うざいんですけど・・・、君・・・。
賑やかな一日になってしまった。人の出入りの多い新居兼事務所になりそうだ。人がやってくる度に、三四郎が顔をだし、ちょかいを出していた。
「あの、長谷っち、三四郎を散歩に連れて行ってくれないかな」
「え? いいんすか? さんちゃんを散歩に連れて行っていいんすか」
ということで、三四郎は長谷っちに任せてみることにした。
「さんちゃー-ん、遊びに行きましょう~」
彼に懐くかどうか見極めてからだけど、相性がいいなら、2,3日、長谷っちに預けてみるのも手である。
仕事の忙しい時とかはありがたい。
マント・ふみこさん、ジュリア、そして、長谷っち、三人態勢で犬係をしてくれるなら、時間が出来る。
長谷っちが組み立ててくれた新しい仕事机で、三田文学で連載中の小説と向かい合ってみた。気分が変わり、仕事に集中できるのが嬉しかった。
どこから現れたのか、謎だけれど、書生の長谷川さんがぼくの生活の周辺でうろちょろとし始めてくれたおかげかもしれない。
夕方、長谷川さんは分厚い封筒をテーブルの上に置いて帰っていった。
彼が書いたという小説であった。必要以上に、分厚い・・・。
しかし、読まないわけにはいかないね。
どうしよう、めっちゃ、つまらなかったら・・・。
つづく。
今日も読んでくれて、ありがとうございました。
新居での生活がいよいよ始まります。中断していたレコーディングも再開しそうだし、少しずつ、新しい生活のペースをつかんでいきたい、父ちゃんなのでした。