吾輩は犬である。名前はごぞんじ、三四郎。
ぼくはフランスの田舎の「犬屋敷」で生まれ、ムッシュに引き取られ、花の都「パリ」に移り住んだ。
早いもので、ここパリで一歳を迎えることになったんだよ。
ムッシュとの暮らしはぼくにとっては快適だけれど、ここ最近、ムッシュの体調は芳しくない。
変な咳を一日中していて、時々、苦しそうだ。
病気のようだけど、なかなか治らないのでムッシュはちょっと苛立っている。
特に夜中に咳こんで、近くで寝ているぼくはそのたび、目が覚める。
何事かというほどの激しい咳が続くこともあるので、ちょっと心配だけど、犬のぼくにできることは限られている。寄り添うことくらい、かな・・・。
咳き込むムッシュの足元に行き、丸くなって、咳がおさまるのをいつも待っている。

そういえば、最近、引っ越しをしたのだ。
すごくサンパ（心地よい）なアパルトマンなのだけど、ちょっと問題がある。
新しい家にはもう一匹、ミニチュアダックスフントがいるんだ。
その子は黒くて脚が短くて生意気な顔をしている。
ぼくと目が合うと、威嚇するようなポーズをとる。
ぼくは別に敵対したくないのだけど、向こうが「ううう」と攻撃的なうなり声をあげるので、ぼくも負けずにうなり返してやってる！
「うううう」
「うううう」
ただ、その生意気な子犬はキッチンの入り口にしか出没しないのだ。
それも、ぼくがちょっと隠れるともう出てこない。まるで幽霊のような子犬・・・、だからこそ、不気味なのである。気を付けなきゃ。

新しいアパルトマン、謎の子犬以外はとくに際立った問題はない。
ぼくは前の家よりも新しいアパルトマンが好きかもしれない。というか、ムッシュが一緒だったから、別にどこでもいいや。
ぼくのベッドは廊下のムッシュの部屋の入口に置かれた。その横にお風呂があって、そこに、餌場があって、ピッピ（おしっこ）シートもそこに置かれている。
でも、ぼくはもう家の中ではしないんだ。ムッシュが二時間置きに散歩に連れて行ってくれるから、外でちゃんと出来るようになったよ。すごいでしょ？
「お兄ちゃんになったな、三四郎。ちゃんと外で用を足すことが出来るようになって」
ムッシュに褒められてるよ。
そうそう、だからね、今まで、柵があったのだけど、新しいアパルトマンでは柵がなくなったんだ。どこでも自由に行くことが出来るんだ。
もっとも、ムッシュの仕事場に入る時は、怖い目で睨まれる。
そこには「電源コード」という危ない蛇がいるみたい。
ぼくが噛み千切ろうとすると、ムッシュが飛んできて、「ダメだ。電源コードを噛んだら死んじゃう。出ていけ、ここはダメだ」って叱るんだ。
ぼくは何でも噛み千切っちゃうからね。新しいアパルトマンでは噛むのちょっと遠慮しているんだよ。それはやっちゃいけないってことが分かってきたから・・・。
だって、もう一歳だもの。そのくらいわかるよ。やっていいことと悪いことの見極めが出来るようになった、それがぼくの成長を物語っている。

そういえば、この間、救急病院に行っただよ。不意に具合が悪くなって。そこで、注射を3本も打たれたんだ。
先生が「何か変なもの食べたのね」と言ってたけど、今日、ぼくが何で具合悪くなったのか、わかった。
「三四郎、こんなもの食べてたのか？」
外でポッポ（うんち）をしたら、ピンク色の破片が大量に混じっていたんだよ。それは、ジュリアのところに預けられていた時に食べた、プラスティックの人形だった。
あれを全部食べたから、具合が悪くなったみたいだね。ムッシュが呆れていた。
でも、ぼく、犬だもの。
「そうだよな、君は犬なんだよな」
ムッシュがぼくを膝の上に載せて、そう、呟いた。
「時々、お前を人間の子供のように思ってしまう瞬間があるけれど、よく考えたら、子犬なんだよな。そうか、忘れていたよ。きっとこれからも忘れるんだろうね」
笑っていた。
うん、確かに、吾輩は子犬である。でも、ムッシュとつながった子犬なのだ。
いつか、人間になれたらいいなぁ。
ムッシュと語り合いたいなぁ。
ぼくのこと、もっと理解してもらいたいなぁ。
ムッシュの気持ち、もっと知りたいなぁ。

つづく。

さて、ムッシュにかわってぼくからお知らせです。
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