JINSEI STORIES
滞仏日記「不意にみんながお別れ会をやろうと言い出して、うるうるな父ちゃん」 Posted on 2022/09/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ちょっと体調がよくなくて、今日は、レコーディングは中止。
家から出られず、三四郎にも迷惑をかけた。
とりあえず、肺がぜーぜー、不調なのだけど、じっとしていられないので、机に向かって、映画の編集に没頭した。
撮影した映像を細かく編集し繋いでいく作業である。
シーンを入れ替えたり、カットを割ったり、映画の編集はかなりの創作的作業である。父ちゃんは、小説も音楽も映画の編集も独学。これまでに4本の映画を編集した。撮影した映像は素材となり、編集でそれが生きる仕組み。撮影に負けないくらい楽しいのだけど、かなり根気のいる作業である。
それにしても、咳が出る。気管支炎かもしれないが、コロナ禍だから、病院に行くのが怖い。
PCRテストでコロナではないと分かっているから、とりあえず、安静にして様子を見ている。こういう時はちょっと心細いのォ。
いつも犬の飼育係をお願いしている椅子修復士のマント・ふみ子さんに、三四郎の散歩などを含め、半日、預けることになった。
「先生、そんなんで、引っ越し、大丈夫ですか?」
マントさんは年上なのに、先生、とぼくのことを呼ぶ。やめてください、と何度も言ってるのだけど、いやはや、お恥ずかしい・・・。
「ええ、業者さんに丸投げすることにしました」
「ご無理されませんように」
三四郎は元気に出かけて行った。
午後、ピエールから、
「街のみんなが、ツジのお別れ会をやろうって言ってるんだけど」
とメッセージが飛び込んできた。
「え? みんなって?」
※ 編集ソフトはダビンチ・リゾルブである。
ぼくが暮らす街の馴染みのレストランの店主が、場所を提供するので、親しくしている人たちを集めて、アペロ・パーティをやろうというのである。
なんと、お店が休みの日に、特別に開けてくれるというのである。
「マジか?」
不意にものすごいニュースが飛び込んできた。
泣きそうになる。
「でも、誰が来る?」とぼく。
「アドリアン夫妻ね、八百屋のマーシャル一家、イジアとステファニー、それから、パン屋のヴェロニク、ワイン屋のエルベ、家具屋のクラウス、バーのリコ夫妻、管理人のブリュノ、ドラガー、スーパーのシダリアとロミ、床屋のジャンジャック、あ、そうだ、肉屋のロジェ夫妻も一応声をかけておいた。多分、もっと来るよ」
「えええ、ロジェも来るの?」
「まだ、分からないけど、体調が悪いみたいだね、ちょっと入院していたみたいだよ。でも、調子がよければ来るって」
「そうか、嬉しいなァ」
ぼくは、ちょっと目頭が熱くなってしまった。
実は、引っ越しが決まった直後に、ピエールと数人の仲間でお別れ会をやろうということは話しに出ていた。最悪、我が家で手料理で、と思っていた。NHKの番組用に自撮りすれば、想い出になるし、と、えへへ。でも、店を貸し切りで、しかも、お店の休みの日にあけてくれて、こんな大パーティ・・・、思ってもいなかった。
ロックダウンの厳しい時期に、この街の人たちとは本当に交流が出来た。みんなで力を合わせて、あの苦難を乗り越えたのだ。
夜の20時になると、窓から顔をだし、医療従事者の皆さんへ拍手を送った。
家から出られない日々だった。
この先の世界がどうなるか、わからない不安で、ふさぎ込んだ。
でも、乗り越えられたのは、一人じゃなかったからだ。カルチエ(地区)のみんなで支えあったからである。
まさか、こんなロン毛の、何しているかわからないようなおやじのために、こんなに集まってくれるだなんて、・・・うるうるしてしまう。
「ピエール、ありがとう」
「何、言ってんだよ。友だちじゃないか」
うわわああ、涙腺、崩壊・・・。
携帯を握りしめて、うるうる、としてしまった、父ちゃんなのであった。
走馬灯のように、頭の中を、ロックダウン中のこの街の人たちの顔が過っていく。ともに、苦難を乗り越えた・・・。
「で、いつ?」
「え? あ、来週の月曜日だよ」
「月曜日って、すぐじゃん」
ということで、体調が悪かった父ちゃんだけれど、不意に乗り越えられそうな気持ちになったのであーる。あはは。
生きることに負けるわけにはいかない。
合言葉は、熱血!
※ロックダウンの時期は、こんなでしたね。ずいぶんと時代が変わりました・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとう。
とりあえず、生きていると悪いことだけじゃなく、いいことだって、こうやって連れてきてくれますね。明日も前向きに生きたろう。その前に、なんとか、この気管支炎みたいなやつを治さないと・・・。よし。
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