JINSEI STORIES
滞仏日記「おおお、ついに、息子の学生証が届いた。ぼくと息子は大喜びの巻」 Posted on 2022/09/07 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、歌の練習をしていたら、携帯が鳴ったので、見たら息子であった。
「あら、どったの?」
「下だよ。今日、寄るって言ったじゃん」
「あ、忘れてた」
息子は家を出たので、ここの鍵を持ってない。
しかも、今、インターフォンが壊れている。
キッチンの換気扇も壊れている。電気もつかない。
この建物は引っ越して正解なのである。すべて、水漏れが原因なのだ。
コロナ禍のあいだ、4,5回、水漏れを繰り返した。悲惨な時代であった。もう、過去のことは忘れよう・・・。
「バイトの帰り?」
「うん」
「どうだった?」
「うん。よかった」
「あ、君あてに郵便が届いてるよ」
息子に手渡す。中を確認する息子。
「わ、学生証だ」
「え? あ、ほんとうだ。凄い」
「やった。なんか大学生になったんだね、実感」
へー、フランスの大学の学生証、はじめて見た。なんか、かっこよかね。
「お祝いしよう、晩御飯、食べてくか?」
「いや、夜は友だちと」
「あ、そ」
医学生のしまちゃんに違いないけれど、聞かないことにした。
「時間まで、ごろごろしていてもいい?」
「もちろんだよ。パパも嬉しい」
ということで、三四郎と戯れだした息子であった。
ぼくは、歌の練習に戻って、と・・・
※ なんか、三四郎も一緒にはしゃいでいたのだった。
すると再び、携帯が鳴ったので、出ると銀行からであった。
「辻様、朗報でございます。銀行保証がおりました。お待たせをいたしました」
おお、やった。これで、安心して引っ越しに専念できる。
何度もサインを書き直さないとならなかったことは水に流して、大喜びをする父ちゃんであった。よし、次は、いよいよ引っ越しだ。
不動産屋にメールを送った。「明日には鍵を取りに行けます」と・・・。
けれど、引っ越しとなると、急に忙しくなる。9月中には、引っ越しをしないとならない。でも、まだ、段ボール箱も届いていない。運送会社に、段ボールを早く届けるよう、催促のメールを打った。引っ越しは9月の最後の週を考えている。
ええと、あと、3週間もないじゃん。レコーディングもやる予定だし、映画の編集もあるし、いったい、間に合うのだろうか?
※ 息子の部屋、引っ越した後に残された、ぬいぐるみたち・・・。どうしたらいいのだろう・・・。捨てられない~。
NHKの「パリごはん」の2022年夏版が確か、今月放送になるはずだった(いつだっけ?)が、ぼくは実は、すでに、秋冬版の撮影をスタートさせている。
いつの間にか、シリーズになっているようだけど、そろそろ本当に今度が最後じゃないか、と思っている。
で、息子も巣立ったし、ぼくも田舎暮らしをはじめたし、パリには小さなアパルトマンを借りるけれど、オフィス兼仕事場兼自宅なのである。
1LDKみたいなアパルトマンで、LDKは事務所と仕事場という感じで、奥まった場所に寝室件自宅がある、という感じかな。そこに越すところで、番組のエンディングというのは、美しいのではないか・・・。
秋冬版のテーマは、秋冬のフランス食材を使った料理をメインにしつつも、「息子の独立」「引っ越し」「一人分量飯」「人生百年時代をどう生きるか」「三四郎」「孤独と音楽」「新しい家」「新天地での出会い」「終わらない人生の旅」というようなことになるのかな、と思っている。さて、どうなることであろう。
「パパ、じゃあ、そろそろ、行くね!」
息子が玄関から、叫んだ。
「ああ、気を付けて。戸締りを忘れるなよ」
息子が振り返った。
「パパ、それはもう若くないパパにぼくが言う言葉だよ。飲み過ぎないように。何かあったら、すぐに電話をしてね、飛んでくるから」
ええええ? あはは、いつのまにか、逆転しておる。
もう一つ主題を付け足さないと「逆転人生、老後をどう生きるか」であった。
あはは。
つづく。
ということで、今日も読んでくれてありがとうさまです。
ううむ、なんちゅーか、目の前に引っ越しが迫って、やっと銀行保証がおりたので、さ、越すぞ、と思ったら、もう3週間ないのであーる。今、手帳を見て、びっくり。引っ越しの日に、レコーディングがぶつかってる! しかも、パーカッションのジョルジュがそこしか、ダメな日なのであった。どうするの? しーらない。ええい、もうどうにでもなれー。
さて、そんな若くない父ちゃんの小説教室、第二弾を、9月24日(土)に開催いたします。今回の課題のテーマは「食」「食べるもの」「食について」の小説です。「一杯の掛け蕎麦」のような食べることをモチーフにした掌編小説、もしくは長編の冒頭を、原稿用紙10枚以内で。締め切りは9月20日。書き始めてくださいませ。詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。