JINSEI STORIES

退屈日記「長い人生を考えるための短い休日。嘘のない世界で魂の洗濯」 Posted on 2022/09/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、きっと、ぼくは少し休みたいのだと思う。
人間関係のごちゃごちゃから少し離れて、静かな時間を過ごしたいのだと思う。
昨日、海を走り回る三四郎を見ながら、そういうことを考えていた。
田舎の海の近くに「犬カフェ」と名付けた、犬を飼っている人たちが集う小さなカフェがある。
2か月ぶりくらいにそこを訪れ、テラス席に座り、ぼくはクロワッサンとカフェオレを注文した。(ここのクロワッサン、世界一、美味しい。しっとり、もちもち)
しばらくすると、ヨークシャーテリアを連れてマダムがやって来て、横に座ったのだ。
たまに、浜辺ですれ違う人で、三四郎はそのヨークシャーテリアと鼻先をくっつけあっていた。
「犬は、嘘をつきません」
不意に、そのマダムがそんなことを言ったので、驚いてしまった。
その通りだったからだ。
ぼくが今、仕事をしていて、一番、嫌なのは、嘘をつく人がいることを知りながら、そういう連中と仕事をしないとならない点である。
なぜ、嘘をつくのか、わからない。
ずっと、嘘つきだったので、嘘をつくことに抵抗がないのであろう。しかし、嘘は必ず、ばれる。嘘がばれると、黙るのだ。
ぼくは「嘘はよくない」と何度も言ってきた。
ぼくはみて見ぬふりをしてきたが、精神的にひじょうによくない。人間は嘘をつく動物なのである。犬との違いはそこだ。

退屈日記「長い人生を考えるための短い休日。嘘のない世界で魂の洗濯」



「たしかに、人間は嘘をつきますね」
ぼくはそう返事をした。
そのマダムがぼくを振り返った。
「私はずっと夫に嘘をつかれてきました。ひどいものだった。でも、犬は私に嘘をつきません」
「嘘を平気でつける人は、もう、ずっと嘘をつくんですよ」
「ええ、知っています」
「嘘をつく人から離れたいけど、仕事だから、我慢をしています」
「それはよくない。私は夫と別れました。どうしても許せない嘘をつかれたので」
ぼくは今、とある仕事で、嘘の常習犯たちと仕事をしており、嘘は見破っているのだけど、どうしたものか悩んでいる。たぶん、やめることになる。あと一つ決意をしたら、やめることを宣言する予定だ。平気で嘘をつく人は、一生、平気で嘘をつく。
「夫はずっと嘘をついていました。それが悲しかった」
マダムが言った。
それから、ぼくらは黙りあった。三四郎とヨークシャーテリアはお互いの匂いを嗅ぎあっている。情報交換をしている。
三四郎といると心が洗われる。
人間と仕事をすると、嘘をつかれるので、心が黒くなる。
今日、これから、再び、田舎を目指す。夏の間、嘘を浴び続けたので、心を洗う必要がどうしてもあるからだ。また、「犬カフェ」に行こう。
あの美味しいクロワッサンを食べに行こう。

退屈日記「長い人生を考えるための短い休日。嘘のない世界で魂の洗濯」



つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
良く寝たので、もう一度、ハンドルを握り直して、田舎へ向かいます。今度こそ、静かな休日になるでしょう。実は昨日、田舎を出る前に、タイ風カレーを作って、食べる予定でしたが、あんなことがあったので、冷蔵庫に入れてきました。一晩休んだので絶対食べごろになっているはず。夜は、タイカレーが楽しみでなりません。こううことがぼくは嬉しい。小さな幸せを探しに、しばらくは田舎から・・・。
今度こそ。笑。
さて、そんな父ちゃんの小説教室、第二弾を、9月24日(土)に開催いたします。この後、詳細を報告いたしますので、予定にいれといてください。今回の課題のテーマは「食べるもの」「食について」の小説です。「一杯の掛け蕎麦」のような食べることをモチーフにした掌編小説、もしくは長編の冒頭を、原稿用紙10枚以内で。締め切りは9月20日。書き始めてくださいませ。

退屈日記「長い人生を考えるための短い休日。嘘のない世界で魂の洗濯」



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