JINSEI STORIES
滞日日記「ママ友ソフィーから電話があり、東京自慢をした引きこもり父ちゃん」 Posted on 2022/08/06 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ホテル生活というのは結構、大変である。
とってもサービスのいいホテルではあるけれど、キッチンが、ないのがやはり、辛い。
もう長いことキッチンから遠ざかっていて、ちょっと精神不安定になりつつある。
やはり、父ちゃんにとってキッチンは何物にも代えられない聖域なのであった。
キッチンから長いこと離れていると、禁断症状がでる・・・。
フライパンをふるふるしてしまう動作とか、トングでパスタを具材と混ぜあわせるちゃちゃちゃっとした動作とか、しゃもじでご飯をお茶碗に楚々とよそう動作とか、銅製の卵焼き器の中の柔らかい卵液を菜箸でかき混ぜ、うっすら固まったところでひっくり返す、あの瞬間とかね、うおーー、たまらないのであーる。
悶々としたホテルライフをおくっていると、いとこのミナから、オムライスの写真が届いた。ほー、ぶかっこうなオムライスじゃのー、と微笑みを誘われながら眺めていると、
「十斗が私のために作ってくれたのー」
と喜び溢れるコメントが飛び込んできたじゃないか。ぬあにー。
やはり、愚息の仕業であったか。
「教えたのよ。作り方。そしたら、作ってくれたの」
なるほどー。これも自立へ向けての助走のようなものであろうか。
それにしても、キッチンで好きなだけ、一日中、料理が出来る息子が羨ましい・・・。
ロストバゲージのトランクの中に、音楽道具が入っていて、仕事が出来ず、ストレスがマックスらしい。幸い、パソコンは手持ちだったので、大惨事には至らなかった。
「下着とかTシャツとかは、今日、買いに行くね」
とミナ。おお、ありがたい。
ここによく登場するミナだけど、ぼくに顔が似ている。一族の中では、一番似ているかもしれない。なので、息子も安心するのだろうか。
さて、ぼくはどうしたらいいのだろう。
今日も抗原検査をして「陰性」であることに安堵し、お風呂に入ったあと、残り湯で下着を洗濯し、笑、(ちゃんとゆすぎは水道のお水でしました)、そのあとは、ライブに向けてギターの練習とか、書きかけの小説にむかったり、室内活動に勤しんだ。
午後、ママ友からワッツアップに電話がかかった。離れ小島にいるような身なので、久しぶりに仏語で話せて、なんとなくの気分転換となった。
「やっほー、ひとなりー、東京なんだってねー」
ソフィーである。
「やあ、ソフィー、そうなんだよ。3年ぶりのライブとか、個人事務所の移転とかがあって、でも、ホテル・ライフ、めっちゃ満喫しているよー」
負け惜しみであった。笑。
「いいなぁ、日本に行きたいわ」
「最高だよ、日本・・・。お寿司に、天ぷら、和牛に、毎日、美味しいもの食べてるんだぜー。やっぱり、日本は食文化の中心地だね。昨日は青山とか、渋谷とか、原宿とかも通過したんだ」
タクシーで・・・。
「すごい、SHIBUYAはみんなの憧れよ。私はGINZAしか知らない」
「ああ、銀座ねー、銀座はしょっちゅう、仕事で行くよ」
「凄い、仕事でGINZAに行くのね。GINZAのクラブとか行くんでしょ? 綺麗なお姉さんが相手してくれるって、雑誌に出ていた。ひとなりー、東京満喫ね」
ぼくのギターがヤマハなので、修理とかメンテナンスにヤマハの銀座に行くだけなのであーる。ぼくの愛機はヤマハのNCX2000FMなのだ。(現在、発売中止の貴重品。予備としてもう一種類、同じヤマハの後継機を使用中)
「お姉さんなんか、必要ないよ。ソフィー、ぼくにとって、東京は観光地じゃないんだ。ぼくは今、ライブに向けて、毎日、感染しないよう細心の注意をはらって、修行僧のように頑張っているんだから」
「そうね、三回もライブが中止になったんだから、今は、集中してください」
「ありがとう。ソフィー。パリはどう?」
「暑いわよー。みんな避暑地に逃げてパリはガラガラだけど、私は八月中旬まで休めないのよ。ひとなり、あなたが羨ましいわ。パリに戻ったら、ご飯しましょうね」
久々、ママ友のソフィーと話が出来て、良かった、良かった。
ぼくは今日、一歩もホテルを出てないのだけど、出てないとは言いにくいので、嘘じゃないけど、ちょっと誇張して、ここ一週間くらいの活動歴をまとめて、伝えておいた。あはは。
キッチン禁断症状が出ているとも言えないし、日本にいるのにネガティブなことも言えないし、男はつらいよ、であーる。
で、これを書きながら、夕食の時間なのだけど、どうしたものかなぁ、と悩んでいる父ちゃん。せっかく東京にいるというのに、実は、ホテルとスタジオの往復、という毎日なのだ。ぜんぜん、ぼくは本望なのだけど・・・。
でも、今日は、完全防備で、個室のある焼き鳥屋にでも、行こうかな。
つづく。
今日も読んでくれてありがとう。
母さんから、連絡があり、十斗が来ているなら、会いたい、というのである。そりゃあ、そうだよね・・・。
さて、父ちゃんからのお知らせです。
前にお知らせしたビルボードの追加公演ですが、今回は、各方面と協議し、やらないことにしました。また、タイミングをみてね。
「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」ですが、韓国から4社の出版依頼がありました。エージェントさんが条件などをみて、決めるということです。海の向こうでも、息子君、人気なんだよねー。
※ 朝はホテルの目玉焼きが、心の癒しなのであーる。あはは。