PANORAMA STORIES
愛すべきフランス・デザイン「旅立つ前の食事は歴史的建造物のレストランで」 Posted on 2022/07/15 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ
フランスはもうすぐ夏のバカンスシーズンに突入するが、旅立つ前のワクワク感を更に盛り上げてくれるレストランがある。
パリ12区にある、リヨン駅の「ル・トラン・ブルー(Le Tran Bleu)」だ。
パリ市内には、長距離列車の駅が6つ点在している。
フランスの西側のボルドーに向かうならモンパルナス駅、東側のアルザスだったらパリ東駅、というように、それぞれ行き先が違うのだ。
パリは中心地を避けるように、各地に向かう駅が建設されている。
東京駅は日本中どこにでも向かうハブ駅だが、パリではウッカリ駅を間違えて、慌てるということがしばしば起こる。
※フランス国鉄公式サイト「sncf-connect.com」より
リヨン駅からは、フランスの南へ向かう長距離列車が出ている。
パリジェンヌ、パリジャンの多くは長期休暇には南に下るが、まさにバカンスに旅立つ場所といえる。
そもそも、バカンスを南仏で過ごすということは、19世紀にイギリス人貴族によって生み出されたトレンドだった。
そのため、今でもニースの海岸は「イギリス人の遊歩道(Promenade des Anglais)」と呼ばれている。
その後、バカンスを南仏で過ごす、という流れはフランス人の間にも広がった。
※ニースの海岸
さて、そのリヨン駅の中にあるレストラン「ル・トラン・ブルー」だが、名前の由来は、1886年に運行開始した、今は無き、南仏へ向かう列車「ル・トラン・ブルー」へのオマージュだ。
レストランの建物は、1900年のパリ万国博覧会を機に、グラン・パレ、アレクサンドル3世橋と同時期に建設された、パリらしい空気を生み出す歴史的建造物のひとつ。
店内のフレスコ画は、列車が向かう先である南仏の風景が並ぶ。
マルセイユ、モナコ、ヴィルフランシュ・シュル・メール…映画の予告編のように、旅先での楽しみを想像させてくれる。
※左はヴィルフランシュ・シュル・メール、右はモナコと、共に南仏の風景
※マルセイユの風景が描かれたフレスコ画
長い間、気になっていたレストランだったが、食べるために駅に行くのではなく、できれば電車で旅立つ前に寄ってみたいと考えていた。
そして、今回、電車で南仏の先、北イタリアへ出張に向かうという機会に恵まれた。
出張であれば、食費の補助が出るので、いつもならためらう価格帯のレストランに、ここぞとばかり行ってみたくなる。
店内に入ると、スーツ姿でビジネスランチをしている人たちや、出張前と思しきスーツケースを持った人達が目についた。
私のように会社の補助で食べているのかな、と斜に構えて眺める。
※開業当時のフランス大統領エミール・ルーベの名前が彫られた紋章
以前、ル・トラン・ブルーは、評判を落としていた時代もあった。
でも、2018年にミシュラン二つ星レストランのシェフ、ミシェル・ロスタンを顧問に迎えた以降の評判は上々。
電車出発まで1時間と迫る中、何が食べられるか素早くメニューに目を落とすと、「旅人のメニュー(Le Menu de Voyager)」の文字が。
45分以内にメイン料理とデザートが提供されるコースで、どうやら名物のようだ。
49€となかなかのお値段だが、出張ということで。
※「旅人のメニュー(Le Menu de Voyager)」49€
メインは仔羊のロースト(gigot d’agneau)で、目の前で切り分けられるワゴンサービスでの提供とある。
そして、「グラタン・ドフィノワ」と呼ばれる、チーズや卵を含まないポテトグラタンが付け合せ。
「ミシェル・ロスタン風」とあり、顧問シェフの出身地である、フランス南東部ドフィーネ発祥ということからそう呼ばれている。
※骨付き肉がクラシカルなワゴンで目の前にやってきて、切り分けられる
保温された肉は、ちょうど良い温度で、ロゼと呼ばれる完璧な焼き上がり。
しっとりと柔らかく、結構なボリュームにも関わらず、スルスルと食べきってしまった。
肉汁を含んだこってりとしたソースが、あっさりめの赤み肉に旨味を添える。
ニンニクが別に添えられている点には気遣いを感じた。
食後、人に会う予定がある人は避けて食べられる。
「ミシェル・ロスタン風グラタン・ドフィノワ」はシンプルなポテトグラタンではあるが、こちらもまた量が多く、食べ切れないかも…という不安はなんだったのかという勢いでなくなった。
肉のソースがポテトにもとても合う。
※ニンニクが手前に別添えになっている気遣い
※ミシェル・ロスタン風グラタン・ドフィノワ
赤ワインを合わせたいところだったが、グッと堪えて炭酸水を頼んだところ、ルイ14世も愛飲したといわれ、多くの星付きレストランで提供されている「シャテルドン(CHATELDON )」が出てきた。
※ルイ14世も愛飲したといわれるシャテルドン
デザートは、柚子風味のタルト・オ・シトロン。ズッシリとした仔羊のローストからの、サッパリとした味わいだ。
日本の柚子ブームは、老舗のレストランでも馴染みの存在。
タルト生地の中のレモンクリームは優しい酸味だが、横に4つ点在するクリームは酸味が強く、食べながら味を調整出来る。
※柚子風味のタルト・オ・シトロン
気づけば、電車出発まで残り15分に迫っていた。
出発直前に発表される入線ホームはレストラン前ではなく、もうひとつの遠い乗り場だった。
慌ててデザートをかっこみ、支払いを済ませて、ダッシュでギリギリ間に合った。
1時間前に45分のコースは、乗り遅れのリスクがあることを学んだ。
それでも、旅立つ高揚感を与えてくれる場所というのは、出張であっても変わらず、とても印象的な時間を過ごせた。
旅が始まる前の、素敵な時間の過ごし方も、よく考えられたデザインといえるかもしれない。
※ミラノまで向かう高速鉄道TGV
Posted by ウエマツチヱ
ウエマツチヱ
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フランスで企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の娘を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速い。