PANORAMA STORIES
三四郎合宿日記「ぼくはジュリアのボーイフレンドに紹介された」 Posted on 2022/07/08 三四郎 天使 パリ
「りんかんがっこう」と言われ、ジュリアの家にお泊りするようになって、もう、ずいぶんと新しい朝を迎えた気がする。
ムッシュはどうしたのかな?
いつもだったら、とっくに迎えに来てくれる頃なんだけど、ううむ、来ないなぁ・・・。
車の音がするとムッシュかな? と思ってジュリアのアパルトマンの窓に飛び乗って、駐車場を覗くんだけど、ありゃ、違う・・・。
ムッシュじゃなかった。
ジュリアはいつもボクに四角い黒いガラス板を向けてくる。(それはムッシュのやつと一緒で、ぼくはあんまりあれが好きじゃない。なんか、ちょっと怖いんだ。なんか、血が通ってないもの、生き物じゃない世界を押し付けられた感じがして・・・。だから、あの四角い黒い板を向けられると、反射的に、顔を背けてしまう)
でも、時々、その四角い板からムッシュの声が聞こえてくる。ジュリアはその板を介して、ムッシュと話をしているようだ。
ムッシュの声だ、とわかる。あのかすれた声・・・。
ぼくの尻尾は自然に大きくふれはじめる。でも、ムッシュが出現することはなく、その声はやがて消えてしまう。ムッシュ、どこにいるんだろう・・・。
早くムッシュに会いたいな。
でも、ジュリアは優しいし、毎日、ぼくを森に連れて行ってくれる。
それが日課なんだ。何時間も、ぼくらは森を歩き続ける。
柴犬のユメとビーグル犬のスニーともずいぶん仲良くなった。
ボクよりずっと大きいシベリアンハスキーのソニックが、最初はちょっと怖かったけれど、最近、「サンシー!げんきか?」って優しく挨拶をしてくれるようになったので、並んで歩いても、平気になってきた。
「な、ソニック。この合宿はいつまで続くの」
なんとなく、聞いてみた。ぼくよりもうんと長く生きているソニックは、経験豊富なこの学校の大先輩だから、何でも知っている。
「親がパリに戻って来る順番だよ」
「へー、君はいつまで?」
「ぼくはあと2週間」
すると、ビーグルのスニーが割り込んできた。
「ぼくは今月いっぱい」
柴犬のユメがやって来て、
「君はどうやら、もっと後らしいよ」
と驚くべきことを言った。
「え? 本当なの? もっと後?」
「誰かが言っていた。最後までここに残るのはミニチュアダックスフンドだって」
「・・・・」
ぼくはびっくりした。そんなに家に帰ることが出来ないんだ・・・。
「どうしたい、ちび。ジュリアに可愛がられていいじゃないか。一緒にベッドで寝られるのはお前だけだ。羨ましいよ」
「うん」
「でも、家にも帰りたいよね?」
とユメが言って、走り出した。
スニーとソニックがユメを追いかけたので、仕方なく、ぼくも彼らの後を追いかけるのだった。
そうやって、時間は流れ、ぼくはいろいろなことを忘れていく。
忘れては思い出していく。
みんなと別れた後、ジュリアはぼくだけを抱きかかえて、違う車に乗せた。
「どこいくの? みんなと家に帰るのじゃないの?」
ジュリアがいつもより着飾っていたのがわかった。ジュリアは彼の恋人の家にぼくだけを連れて行ったのだ。
「内緒よ。サンシー。誰にも内緒。私の彼にあなたを見せたいの」
「えええ、ボーイフレンド?」
そのアパルトマンには、かっこいいお兄ちゃんがいた。ぼくを抱きしめ、キスをしてくれた。
「やあ、サンシー、ぼくはアルベールだよ。今夜はうちに泊まっていくんだ」
「ええええ、ここに?」
アルベールとジュリアは小さなソファに並んで座り、くっついている。
ぼくは彼らの前の不思議な形の椅子に座らせられた。
彼らがワインを飲みながら、くすくすと微笑みあっているのを、ぼんやりと眺めながら、退屈な時間を過ごした。えへ。
なんで、ここにいる必要があるのかわからないけど、ジュリアはアルベールにぼくを見せたかったみたいだ・・・。どうやら、そういうことだった。やれやれ。
ジュリアはここでも、またあの四角い黒いガラス板をぼくに向けた。
「ムッシュに送るのよ。いいポーズね」
ジュリアが自分の指をボクの口元に持ってくる。ボクは軽くジュリアの指を噛む真似をした。それを何度も何度も繰り返している。時々、アルベールとかわりばんこで、・・・。四角い板がぼくを見ている。その向こうにムッシュがいるに違いない。
よくはわからないけれど、ムッシュがそこからぼくを見ているような気がしてならない。
※ そして、ムッシュのりんかんがっこうのお知らせだよ~
クリック・わん♪
Posted by 三四郎
三四郎
▷記事一覧2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。