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滞仏日記「一晩経っても、新しいアパルトマンで暮らす自分が、夢に出た」 Posted on 2022/06/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ところで、もの凄い歴史的な円安の中、今日は不動産屋さんと朝から新居移転手続きの作業を行った。
一晩経っても、やはり、そこに引っ越したいという思いが消えることはなかった。
今のアパルトマンは移転して4年が過ぎたが、引っ越してすぐに水漏れが発覚、その後、続けて数か所の水漏れが・・・、水漏れと漏電の不安の中でコロナ・ロックダウンを3回もやり過ごし、NHKのパリごはんの撮影などもやってきた。
ある意味、思い出深い建物だけど、同時に、忘れたい想い出もたくさん残った物件となってしまった。
やっと大規模な工事がおわって、やっと綺麗なアパルトマンに戻ったところで、ようやく、ぼくの堪忍袋の緒が切れた、という次第であった。あはは。
4年間の家賃をかえせ!!!
もちろん、昨日ご紹介した、新しい物件もアールデコの相当に古い物件で、しかも、一つの壁には微かに水漏れ痕があった。
え? あったの? 
と驚かれるとは思うが長年の水漏れ経験からそこは完治しているので壁のペンキを塗りかえれば問題がないはず、ということも経験上わかっている。
パリとはそういう場所だ。
もちろん、パリにもモダンな物件があるけれど、クラシックカー好きなぼく、近代建築は今一つ、興味がわかない。
歴史そのものの中で暮らしたいのである。
なので、手紙には、そういう問題個所をすべて指摘し、「そこを完全に修繕して頂いてから転居させてもらいたい」とこちら側からの条件を書き添えておいた。
当然のことである。
ただ、審査に落ちるとしたら、こういう指摘かもしれない。笑。

滞仏日記「一晩経っても、新しいアパルトマンで暮らす自分が、夢に出た」



夢の中に出てきたのはその新居のキッチンであった。
広さは今のところとかわらないのだけれど、ベランダを通して、中庭に通じている。
外とキッチンの間にある窓が縦長で、開くと、中庭で料理をしているような空間が広がるという素晴らしいキッチンなのである。
不動産屋のムッシュが、その扉を開いた時、見たこともない光景が広がった。
ベランダを通して、建物の内庭が広がったのだ。
なんか、どこか、見知らぬ国の歴史的な植物園のような光景であった。
「うわ、ここで目玉焼き作りたい」
思わず、父ちゃんはそんな感想を持ったのだけど、その興奮が朝まで消えなかったのであーる。
朝、目が覚めると、じっとしていられなくなり、息子に相談をすることもなく、不動産屋さんに、借ります、とメッセージをSMSで送ってしまったのだった。(もう、息子は関係ないか・・・えへへ)
朝、目玉焼きを作り、中庭に面したベランダで、朝ごはんを食べる。うーん。
(朝ごはんを食べる習慣はないので、あくまでもイメージです)
絞ったオレンジジュースと、半熟の目玉焼きと、バゲットとコーヒーがテーブルの上には載っている。ぼくの足元には愛おしい三四郎が・・・。
どうであろう、完璧なイメージなのだけど、素晴らしいではないか・・・。

滞仏日記「一晩経っても、新しいアパルトマンで暮らす自分が、夢に出た」



書類は受理され、あとは大家さんからの最終の返事を待つだけとなった。
送った書類に問題点はない、ということなので、普通ならば通過するはずだが、・・・緊張する、しかし、気楽に待つしかない。
今日は一日、田舎の海辺を三四郎と走って過ごし、帰り道にパン屋さんでクロックムッシュを買い、三四郎とランチをとった父ちゃんなのである。
頭の中には、新しいアパルトマンでの生活の妄想が膨れあがって、ウキウキが止まらない父ちゃんなのであった。
極度の円安に備える対策をするにも、今よりも安い物件に引っ越すのは当然必要なことだと思う。戦争も円安も間違いなく暫く続くので、・・・。(ぼくは去年から、G7はまもなく意味をなくすと書いてきたけれど、もうこれは妄想じゃないね)
ぼくはコロナ禍が始まった時、生活を縮小しなければと考えてきた。
田舎に小さなアパルトマンを買ったのは、コロナ禍の影響だった。今後、感染症や戦争など人間の生活には次々にストレスが増え続ける。
そこから早く遠ざかり、人間性を守って生きることも、60歳を過ぎたぼくには大切な生き方なのである。
都市の中で競争して生きる必要はもうない。ぼくは海や自然と向き合って生きていきたい。
パリは仕事場、田舎は生活地、という2拠点生活がいよいよ本格化していく。
三四郎は、巣立つ息子にかわる、父ちゃんの伴走者ということになる。
そのうち、ぼくも歳なので、人生をいろいろと決断していかないとならなくなる。
そのためにも、落ち着ける不安のない隠れ家が必要なのであった。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ビルボードのチケットが購入できなかった皆さんに、申し訳ないので、今日中に、パリ、マレ地区のティーサロンでやったライブを映像を公開します。
次のライブまで、ぜひ、それで楽しんでください。
詳細はこの後の日記で!!! 
今、アップロード中。えへへ。
そして、お知らせです。
6月17日にNHK・BSの新作「ボンジュール、辻仁成のパリの春ごはん、2022年版」が放映されます。
6月30日には、「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」も発売されます!
そして、6月26日は、おまちかね? 父ちゃんのオンライン・文章教室ですよ!!!
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