JINSEI STORIES
退屈日記「出た~、ハウルの魔女と元カイザー髭。妖怪館の主がついに再登場」 Posted on 2022/06/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、昨日は新しいアパルトマンの内見が終わった後、そのまま、田舎のアパルトマンへと移動をした父ちゃん&サンシー。
パリでは壁が薄いので歌が歌えない。田舎のアパルトマンだとほぼ建物に住人がいないから、いつでも、夜でも好きな時に歌えるから、日本に行くまではずっと田舎にいようかな、と思って・・・。ところが、三四郎がわんわん吠えていたら、下の階に人の気配が・・・。
「三四郎、ちょっと静かに」
三四郎を黙らせ、耳をすませると、バタンと、ドアの閉まる音がした。
あ、誰かいる。下の階? ということは、カイザー髭とハウルの魔女???
※(ええと、最近日記を読みだした皆さんのために、ちょっと復習を。田舎の主要登場人物の二人で、下の階に暮らし、70歳前後のご夫婦なのだけど、奥さんは宮崎駿さんのハウルの魔女さんに極似、ご主人はカイザー髭を蓄えた紳士なので、こうおよびするようになったのだけれど、ムッシュは前回会った時に、見事だった髭を剃り落してしまったので、元カイザーと改名となった)
※カイザー髭を剃ったら、優しそうなおじさんになった、元カイザーさんと奥様。素敵なご夫婦です。この写真は前回、ご自宅に招かれた時の貴重なショット。内装はカイザーの手作り!!!
このお二人が、実に世話好きで、というかぼくの生活にすごく干渉してきて、いい意味でも、悪い意味でも、マイペースな素敵なご夫妻なのである。
たとえば、ぼくのうちの玄関には表札とか出していなかったのだけど、ある日、来てみると、扉の横に、TSUJIという名札が張り付けられていた。えええ?
「やっといたよー」
とカイザー髭さん。ちょ、ちょっと勝手に、と思ったが、悪びれる様子もなく。
かと思えば、
「ガス栓、開いといたよー」
と言われたこともある。ちょ、ちょっと、ちょっと、そこまで、勝手にやらないでよ。
ぼくのアパルトマンと共有スペースのはずの階段の踊り場を花壇みたいにして、なんか、趣味の悪い絵を飾り、長椅子を持ち出し、ハウルの魔女さんがガウンで寝そべっていたこともあり、その横をぼくが通過しないと自分の家にあがれない、という極めて凄い状況もあったっけ・・・。
「ああ、いい天気ね」
とハウルの魔女。
「ええ、あはは」
慌ててドアをしめて鍵をかけた父ちゃん。
公共の場で、さすがに、ガウンは勘弁してください、と思ったことも・・・。
ムッシュはオルガニストで、ぼくがロック歌手だと知るや、大音響でプロコルハルムの「青い影」を演奏するし・・・・。自由人なのである。
そのくせ、
「夜は下の門のカギを必ず忘れないように」
など、細かい。
三四郎が吠えると、下の階のドアがバタンと閉まる音が、・・・合図?がした。
やはり、いるな、と思った。
三四郎が珍しく吠えるのは、何か不穏な気配を察知しているからに違いない。
三四郎を抱きかかえて、様子を見がてら、海まで散歩に行こうとしていると、不意にドアが開いて、まず、カイザーが顔を出した!
「おや、犬だ!!! やはり!!!」
その後ろからハウルさんが顔を出し、
「まあ、テッケル・ナンね。(ミニチュアダックスフンドのこと)」
と突っ込んできた。
ぼくは階段の途中で振り返り、
「ご無沙汰です。お元気ですか?」
とちゃんと挨拶をしたのだが、ファンキーな二人は三四郎に目が釘付け、
「やあ、君、子犬を飼いだしたのか?」
「かわいい、何て名前なの?」
と案の定、大騒ぎ・・・。
子犬を飼うまでの、これまでの経緯をお伝えしたところ、彼らが昔飼っていた犬の話などをしはじめたので、降りたいけど、降りれなくなった。笑。やれやれ。話が長いのだ・・・。
ともかく、この二人が下にいる間は歌の練習も思う存分できない。
「ええと、いつまでいらっしゃる予定です?」
さりげなく聞いてみた。
「おるよ。ずっとおる。嬉しいね」
「ここは静かだからね、いますよ」
げっ。いるんかい。練習できるかな・・・。
ともかく、半年ぶりくらいに登場したカイザー&ハウルご夫妻、今日から、また、新しい物語が始まりそうな予感である。
「あ、ところでムッシュ辻、水道のメーターを見なきゃならないんだ。水道局が必要としている。今、わし、暇だから、さくさくっと見てあげましょうか?」
いきなり。
「ええと、まず、自分で調べられるかやってみます。メーターはどこにありますか?」
「風呂場の壁の中にありますよ。ちょっと見にくい場所だから、前の住人の時も、わしがやってあげとったです。見てあげましょうか?」
「とりあえず、自分でやってみますから、出来なかったら、お願いできますか?」
「いつでも、飛んでいくので、言ってね。ところでムッシュ辻はいつまでここに?」
げっ。いつまでということにしとこうかな・・・。
「お茶でもするかい?」
「そうよ、うちに、お茶でもどうぞ。主人のオルガンの演奏付きです」
ぎょ。
ぼくの頭の中に、「あのねのね」の名曲がこだまする。
「さかなやのおっさんに叱られた、ぎょ?」
つづく。
今日も読んでくれてありがとう。
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