JINSEI STORIES
滞仏日記「息子と家族会議。息子には毎月210ユーロの住宅補助が出る」 Posted on 2022/06/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は、土曜日なので、家事はお休みの日、である。えへへ。
勝手にそう決めている。
午後、中島君(エリック)がお掃除に来てくれるので、主夫のぼくは楽ちんなのだ。
中島君にも、カーチャと同じようなサンドイッチを作ってあげたら、喜んでくれた。
「ムッシュー、わあ、嬉しいなァ」
サンドイッチパワーで、いつもよりも、うんとアパルトマンがキレイになった。
そういう日はキッチンを汚したくないから、夕飯は、息子と香港人のメイライさんのお店に食べに出かけた。
美味しい中華を食べながら、息子と今後のことについて家族会議をやった。
「パパ、部屋を探しているんだって?」
「ああ、うん(ん? 日記でも読んでいるのだろうか・・・)」
「どこらへんに探しているの?」
「パリ市内だけど、まだ悩んでいる。どこがいいかな? マレとかいいね」
「ふーん」
大学生になったら、別々で暮らす、というルールは決まっているので、彼も部屋を探さないとならない。
「君は、大学の傍じゃないとダメだよ」
「うん、もちろん、大学周辺で探すけど、500ユーロくらいかな」
うちの子の唯一の弱点は、金銭感覚がまだ弱い、ことなのだ。
あると使ってしまうし、周りの子たちは裕福な家庭の子が多いので、同じ勢いで使うと、お小遣いがなくなってしまうのに、断れないから、一緒に食べに行って、すっからかんになって戻って来ることも・・・。
金銭感覚をしっかり植え付けることを大学一年生でしっかりやらないと。もっと言えば、この夏の間にある程度、学ばせたいのである。
「物件、あるかな?」と息子。
「あるよ。今の大学生が社会人になるわけだから、その人たちが出ていった後のアパルトマンに君たちが入る、そういう仕組み」
「そうか」
「パパは君の家賃と食費の面倒はみるけど、それ以外は自分で稼ぐんだよ。いいね?」
「え、ああ、うん。アルバイトする」
「家賃500ユーロ、それに食費だよね。学生食堂って一食、3、5ユーロ(500円)くらいだから、夜は自炊をするとして、一日10ユーロ(1400円)、これのひと月分だから、300ユーロ(5万円)かな」
(フランスの学食は前菜・メイン・デザートのフルコースで3,5ユーロなのである)
「じゃあ、800ユーロかァ」
「ただし、フランスは学生にアロカシヨン(住宅補助)が出る(留学生にも出る)」
「え? 本当?」
「調べたんだけど、君は毎月、210ユーロ(約3万円)出る。毎月、君の口座に210ユーロが振り込まれる」
「いいね」
「だから、パパの負担は590ユーロってことになる」
「へー。パパ、そういう計算だけは素早いね」
あはは。
「学費はゼロだから、パパが君の未来への応援資金は毎月、600ユーロ前後(8万5千円)ということになる。その額を、大学出るまで負担する、どうだい?」
「うん。なんだかわからないけど、いいと思う」
「もちろん、勉強のために必要なお金はその都度、話し合って、支援する。どうだ?」
「うん。オッケー」
「君は、友だちと遊んだり、旅行に行くための資金は自分で稼がないとならない。スターバックスとか家庭教師とかやって」
「うん」
こういう話になった。
ともかく、学費はゼロだし、アロカシヨンがあるのでアパルトマンも予想していたよりも安い。
そして、大きな大学なので、当然、大きな学食もあって、くいっぱぐれることはない。息子には料理の仕方も一応、教えてあるので、ごはんを炊いたり、卵焼きをつくったり、カルボナーラとか、最低限のことはできる。
その生活の中で、金銭感覚も学べばいい。
「わかった」
「よし」
「9月に、まず、君が大学の近くに引っ越す。その後、パパが引っ越して、このカルチエ(地区)とはおさらばだ。もちろん、美味しいごはんが食べたければいつでも実家、つまりパパの新しい家に食べにくればいい。来ないとは思うけど」
ぼくらは笑いあった。
「でも、着々だね」と息子。
「そうだね」とぼく。
「今日は、トマと建築の美術館に行ったんだ。ぼくらはだいたい同じような道へ進むから、大学に入る前にいろいろとリサーチしておきたくて」
息子の親友のトマくんはベルサイユにある建築大学に合格をした。二人はいつか、一緒に起業して革新的な世界を創造しよう、と話し合っているらしい。
確信的な世界というのはいい言葉だと思う。
コロナや戦争で経済も政治に希望が持てないこの世界を再構築するのは息子たちの世代の大事な役割になるのだろう。
息子がぼくの年齢になった時、ぼくはもうこの世界にはいないだろうけど、いったい、どういう世界になっているのか、ちょっと興味がある。(笑)
ぼくは彼らを応援することで何か手渡せたらな、と思っている。
そうだ、ぼくが創設した「新世代賞(25歳以下の若者を応援するアートの賞)」も今年、嬉しいことに、第六回目を迎えられることになった。
まさに、息子は25歳以下のフィールドを走るアンカーマンなのである。
そういう元気な若者たちにこの未来を背負って走りぬいて貰いたい。
「面白かった? その美術館」
「うん、なんか、うん、出来そうな気がする」
「いいね。頼むよ」
「うん」
ぼくらはメイライの香港中華を食べきった。美味しかった。
「ヤムセン(仁成の中国語)!」
メイライがぼくの名前を呼んだ。
「サプタオ(十斗の中国語読み)が大学生になるって本当?」
「ああ、そうなんですよ。・・大学に合格したんです」
「わあ、おめでとう」
「ありがとう」
「よかったわね、サプタオ」
まだ、多々、不安もあるけれど、とりあえず、良かった。お店の人たちが出てきて、日本人であるぼくらを祝福してくれたのである。
つづく。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
さて、6月13日は、いよいよ、父ちゃんの日本公演のチケット発売日になります。
売り切れることはないとは思いますけれど・・・。笑。
8月8日、大阪ビルボード、12日は横浜ビルボード、とってもいい感じです。
NHK・BSの新作「ボンジュール、辻仁成の春ごはん」の本放送は6月17日に迫ってきました。HPもリニューアルされた模様です。
6月30日はマガジンハウス社から、いよいよ「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が発売に。愉しみ~。韓国の出版社から早くも出版化のお誘いが!!!
そして、
6月26日に、地球カレッジ、前期エッセイ教室の最終回、総まとめ編です。
エッセイを書くのが大好きな人、文章家を目指しているあなた、ブログをやっている皆さん、ぜひ、ご参加ください。課題もあります。
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