JINSEI STORIES
滞仏日記「すずらんの日に、ホームレスのジョンティ・ジョルジュを見守る三四郎」 Posted on 2022/05/02 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、メーデーの今日、パリはとっても穏やかであった。
父ちゃんと三四郎は一日中、人のあまりいない、パリを散策した。
好奇心溢れる三四郎は、犬らしからぬ洞察力があり、気になることがあると、立ち(座り)止まってじっと見はじめ、納得するまで動かなくなる。
まず、今日は街のはずれで動かなくなった。
「どったの?」
三四郎の視線の先を見ると、いつもの浮浪者さんがベンチに座っていた。
ジョンティ(優しい)・ジョルジュとみんなに親しまれているホームレスのおじさんだ。
パリは、そこら中いたるところにホームレスの人たちがいる。店先や、住宅の玄関先や、歩道や、いたるところに、だ。しかし、彼らは排除されない。
それどころか、多くのホームレスの人たちは施しを受けて生き抜いている。
ジョンティ・ジョルジュもその一人である。
三四郎は、ジョルジュを見かけると必ず止まり、長い間じっと見つめる。
いつだったか、ちょっと前のことだけど、優しくされたことがあったのだ。
ジョンティ・ジョルジュがしゃがんで、笑顔を三四郎に向けた。それから、三四郎はジョルジュを見つけると「あの人だ」と気が付いて動かなくなる。
ジョンティ・ジョルジュは、絵に描いたような優しい笑顔をするので、我が街ではみんなに好かれている。
そういえば、驚いた光景を見たことがあった。
ぼくが、行きつけのスーパーで買い物をし、お会計をするためにレジに並んでいた時のこと。
ジョンティ・ジョルジュが不意に入ってきた。
何年も洗ってない髪の毛はめっちゃ長いドレッドヘアーみたいになっているし、顔は薄汚れているし、服はぼろぼろ、なのに重ね着しているからだぼだぼで、一目でホームレスと分かるのだ。
わ、凄い人が入ってきたなぁ、と最初は驚いた。ぼくがジョルジュを認識した最初の瞬間でもあった。
すると、レジにいた店員(ルーマニア人)のロニが、
「ジョンティ・ジョルジュ、今日は何が食べたいの?」
と訊いたのである。ちょっと耳を疑った。
すると、ジョルジュが微笑みながら、
「そうだね、今日は、ピザがいいかな」
と言ったのだ。へ? 買うのかな?
すると、ロニは、ぼくに、ちょっと待っててね、と言い残し冷凍品売り場まで走ると、マルゲリータのピザをひと箱持って戻ってきて、それをジョルジュに手渡したのである。
しかも、だ。
「バナナとかはいらないの?」
と聞いたのである。へ?
「バナナは今日はいらないかな」
とジョルジュは柔らかい声音で、言い返した。今日は? どういうこと?
「じゃあ、ポテトチップスは?」
「え? ああ・・・」
ジョルジュはぼくの後ろにあるチップスの棚をしばらく眺めてから、
「うん、いいね。貰おうかな。ありがとう」
と言った。
すると、ロニがそれを一つ掴んで、ジョンティ・ジョルジュに手渡したのである。
ジョンティ・ジョルジュは笑顔で出ていった。
ぼくはきつねにつままれたようだった。お金も払わず、しかも店員が率先して渡している。
普段なら、なんで、お金をとらないの、と聞くところだけど、ぼくはやめた。
ぼくはロニの顔を見たけれど、彼はそのことに関しては何も口にはしなかった。
その後も、何回か、ジョルジュがピザとかパンとか、ときにはビールを持ってその店から出てくるのを目撃したことがある。
「やあ、ジョンティ・ジョルジュ」
とガーディアン(管理人)のブリュノが通りの反対から声をかけていた。
ジョンティ・ジョルジュは小さな声で、いい天気だね、と返した。
ジョンティ・ジョルジュがどこで暮らしているのか、分からない。
ホームレスの人たちには一応縄張り、・・・定住地があって、テントを家みたいにして暮らしている人もいれば、マットレスで寝ている人もいるし、地下鉄の換気口のところが暖かいので冬になるとそこで数人が屯していたり、それぞれに、お気に入りの場所があるのが普通だけれど、ジョルジュはいつも、あちこちの歩道に座って、空を見上げている。
他のホームレスの人はほどこしの小銭を受ける皿などを自分の前に置いているが、ジョルジュだけは何も置いてないし、いつも少しずつ場所を移動して、ごろごろしている。
夜、彼がどこで寝ているのか、ちょっと気になった。
すくなくとも、ぼくのいきつけのスーパーは彼を受け入れ、彼に食料を提供している。彼はけっこう太っているので、それなりに食べているのがわかる。
彼が、どういう人生を生きてきたのか、ぼくにはわからないのだけど、生後七毛月の三四郎にはわかるようで、彼はジョルジュのことが気になっている。
「さ、行くよ」
ぼくがリードを引っ張ると、やっと三四郎も歩きだした。
5月1日は「すずらんの日」、ここフランスでは、大切な人にすずらんをおくる。
次の街角で赤十字の人たちが「すずらん」を売っていた。三四郎が再びそこで動かなくなったので、赤十字の女の人と目が合って、
「どうします?」
と聞かれた。
「え、ああ、じゃあ、一つ、買おうかな」
「いいんですか?」
「これは寄付になるんでしょ?」
「ええ、そうですよ。5ユーロのと2ユーロのがあります」
「じゃあ、5ユーロのを一つ」
ぼくはすずらんを買った。遥か遠くにジョルジュが見えた。ぼくの足元には三四郎がいた。
「メルシー。良い一日を」
「メルシー、ムッシュ、あなたも」
ぼくらは再び歩き出すのだった。
つづく。
今日も、読んでくださり、ありがとうございまする。
ぼくの「空」という歌を思い出しました。ジョルジュのような人の世界・・・。
ということでお知らせです。
NHKの今年度「春ごはん」の撮影はということで、すべて、終了いたしました。
で、去年放送をした、「春ごはん」が5月3日に再放送されます。
「ボンジュール!辻仁成の春のパリごはん」 が再放送!!!
<BSプレミアムのみ>2022/5/3 (火・祝) 10:30~11:29
<BS4Kのみ>2022/5/29(日) 16:30~17:29
ぜひ、チェックしてみてください。お時間があれば・・・。
それから、大和書房刊「父ちゃんの料理教室」は6刷が決定、今、帯を新しくしています。笑。
マガジンハウス刊、「パリ、息子とぼくの3000日」は6月30日に満を持して発売予定です。
さらに
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
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[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
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一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より