JINSEI STORIES

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」 Posted on 2022/04/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、大学受験が終わったので、今日は息子を普段連れていくことのない、ちょっと大人のレストランへと招いた。
まだ、どこかに合格したわけではないけれど、いわゆる受験というのは終わったらしいので、残りの高校生活を無事におくることが出来れば、望むと望まないとにかかわらず、どこかの大学には行けるらしい。
じゃあ、お祝いどうだ、と誘ったら、珍しく「うん」という返事が戻ってきた。へー。
そのレストランにはテラス席もあるので、じゃあ、三四郎もつれていこう、ということになって、不意に、辻家全成員での大散歩となったのであーる。
家を出て歩き出したところで、この光景はなかなか見ることのない、もしかしたら、初めての光景かもしれない、と気が付いた。
太陽が高くて、光が眩しく、ぼくら三人(三四郎含む)の影が、実にくっきりと地面に焼き付いていたのだ。
ぼくは携帯を取り出し、それを撮影した。
おお、これがいまの辻家の姿なのか、と不思議な気持ちになった。
「なぁ、よかったら、レストランまでの道すがら、パパと三四郎を動画で撮影してくれないか? いつも自撮りでテレビの撮影してるんだけど、やっぱり、カメラマンがいた方がいいしねぇ」
と息子に持ち掛けてみた。
いつもだったら、嫌だよ、と拒否されるところが、受験が終わって解放感があるのか、素直に携帯を取り出し撮影をはじめた、息子君であった。
「あら、いい子だ」

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」



ぼくらは、歩きながら、いろいろと思い出話に花を咲かせた。
こういうこと書くと、皆さん、信じてくださらないかもしれないのだけど、あの反抗期、思春期の息子はそこにはもういないのだった。
びっくりするくらい成長をした、穏やかな成人のお兄ちゃんの息子君である。
「なんか、こうやって一緒に歩くの懐かしいな」
「うん」
息子が小学校5年生の時からぼくらはずっと二人で暮らしてきた。
その二人暮らしも、もうすぐ終わる・・・。
もちろん、彼がどこの大学に行くかで、もしかしたら、パリに残る可能性もあるのだけど、そうだとしても、息子は寮生活を始めることになる。
ぼくは田舎に拠点を移すことになり、パリは小さな仕事場兼寝るだけの部屋になる?
レストランで食事をしていると、いきなり、息子がぼくと三四郎を撮影しはじめた。
「スマホが縦になっているよ。テレビで使うなら横じゃないとダメなんだよ」
「違う、写真だよ」
「写真?」
「想い出の」
ちょ、ちょっと、待ってくれよ。
ぼくは息子に写真を撮られたことがあっただろうか? 
記憶する限り、それはない。多分、ない。
しかも、彼が自らの意思で写真を撮ってくれたことはないのだ。皆さん、そうですねよ? 
昔からこの日記を読んでくださっている方なら、よくご存じだと思うのだが、たぶん、仮にあったとしても、ぼくが息子に無理やり頼んで撮影してもらったものじゃなかったか・・・。
つまり自発的に、カメラを向けられたことはないのである。
照れるなぁ・・・・。
でも、黙っておこう。
普通を装った父ちゃんであった。(実際は、号泣しそうな勢いだけど、腕の中の三四郎をあやすふりをして、ごまかした)

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」



食事が終わってレストランを出たぼくらだったが、ふと、息子が通っていた小学校が近くにあることを思い出したので、
「行ってみない?」
とこれまた普段だったら拒否られるようなことを言ってみたところ、「うん」という返事がすんなり戻ってきた。
(なんか怖いんですけど・・・、どったの?)
ぼくは三四郎を引っ張って、息子の思い出の小学校へと向かったのである。
フランスは子供の送り迎えが親の義務で(小学校を卒業するまで)、ぼくは毎日、息子の手を引いて、学校を往復したものだった。
その子が今や、ぼくよりもうんと大きくなっている。
この子は自分がフランス人じゃないこと、肌の色がみんなと違うこと、親の仏語が変なこと、をコンプレックスに思っていたはずだ。
だから、校門をくぐる時、決してぼくを振り返ることはなかった。
まるで海に飛び込むような勢いで走って消えた。
学校から出てくる時はその逆で、一番最後に出てきて、みんながいなくなった頃に、校門から顔を出すのだった。
多分、ぼくのようなロン毛の日本人のおやじが恥ずかしかったのじゃないか・・・。
彼が子供たちの輪の中で話し込んでいるところに、ぼくが顔をだすと、めっちゃ冷たい視線で拒否された苦い経験もある。
胸張って「これがぼくのパパ」とは言えない感じがあったのかもしれない。
フランス人のかっこいいパパさんたちは、自分の子供を校門で抱きしめ、中にはおでことかにキスするジョージ・クルーニーばりのお父さんもいたけれど、日本人のぼくにはそういうカッコイイことが自然には出来なかったので、マロニエの木の下で、ただ、静かにじっと待ったのである。あはは。
シングルになってからは、ますます、息子に煙たがられていたのじゃないか、と想像する。
「懐かしいね。毎日、ここで君を待ってたよね」
「うん」

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」



息子はそれ以上は何も言わなかった。ただ、スマホを空に向けて、動画を撮影していた。
こっそりのぞき込むと、かつての通学路である。
ズームアップしている。ズームアップされる絵はまるでぼくらが歩いているような動画となった。
ああ、ここを歩いたなぁ、と思った。
毎日、毎日、この道を歩いたなぁ、と思ったら、また号泣しそうになった父ちゃんである。
「帰ろうか」
「うん」
ぼくは三四郎のリードを引っ張った。
ぼくとサンシーは家路についたけど、息子は小学校の校門前に残って、校舎を見上げていた。それはまるで映画の一場面のようでもあった。
いろいろなことがあった。それでも、君は立派に育った。パパはうれしいよ。
新しい家族が増えた。辻家はここから新しい道のりを歩くことになるのだ。
涙を拭って、まっすぐに歩いていきたい。
このジェントル・ランドで。

つづく。

滞仏日記「息子と三四郎と三人で散歩に出た。想い出の小学校まで・・・」

今日も読んでくれて、ありがとう。
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