JINSEI STORIES

滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」 Posted on 2022/04/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子の初大学受験まであと、四日となった。
そして、今日は三四郎の手術の日だ。
いくつかの乳歯が抜けず、永久歯を邪魔しているのでこれを取り除かないとならない。
全身麻酔をかけて手術をするので、昨夜の22時から三四郎は一切の食べ物も、水も口に入れてはならなかった。
朝、なるべく遅く起きて、8時45分に家を出た。そして、9時に獣医先生のクリニックを訪れることになった。
受付の人が、笑顔で三四郎を抱きかかえ、いい子ね、と言ったが、何か変だな、という顔でぼくを振り返った、三四郎・・・。あはは、鋭い。あとは任せよう。
クリニックを出て、目の前のカフェに入り、カフェオレを注文し、麻酔で眠りに落ちる三四郎のことを想像しながら、ちょっとぼくも落ち着くことにした。

滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」



生き物を飼うというのは、喜びや笑いを与えてもらえるが、それに負けないくらいの心配と、時には悲しみも連れてくる。
人間の子供を育てるのと変わらない大変さがある。
ドキドキしていても仕方ないので、一仕事した後、気分を紛らわすために、知り合いの食事会に出かけた父ちゃんであった。
1時過ぎに、先生から、「4時頃に迎えに来て」とSMSが入った。
とりあえず、無事に手術は終わったようである。お迎えは車で行くことにした。
先生が三四郎を抱えてやって来た。ぼくを見つけるなり、尻尾を振って落ち着かなくなった三四郎、・・・元気そうだ。
「麻酔が抜けるまで、吐いたりするかもしれないので、今日一日、食事は我慢させてください。明日の朝から通常通りの生活に戻せますからね」
「わかりました」
「この子、麻酔が効いている時以外は、朝も手術後も、ずっと吠え続けていたわ」
「やっぱり」
「お父さんが現れて、こんなに嬉しそうにしている。さっきまでが嘘のよう」
「やっぱり」
「もう、吠えないのね、尻尾もこんなにふって。可愛くてしょうがないですね」
「ええ、それはもう、子供のようなものですから」
先生から手術後の注意事項を聞いて、家路についた父ちゃんであった。
でも、三四郎は麻酔のせいで、ちょっと元気がない。何も食べてないけど、気持ち悪いのだろう、食べたいというそぶりさえ見せない。ちょっと様子をみようか・・・。

滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」

※ 帰って来た三四郎、ちょっと心なしか元気がない。明日には再び、暴れだすのであろう・・・

滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」



息子が夕方、帰って来た。
実は昨夜、珍しく息子が三四郎に怒った。三四郎が息子の足を噛むのだ。
「ダメだろ、こら!」
普段、声を荒げない息子だが、やはり試験が迫っているからか、気が立っている。
受験勉強の疲れを癒そうと三四郎に近づいたのに、三四郎が息子の脛を攻撃してきたので、いらいらが爆発した格好であった。
「パパ、明日、学校で通常の試験があるんだけど、23日の受験がある生徒は受けなくていいんだ。5月に再試験がある。そのことを担任に伝えないとならない。メール文はぼくが書くから、学校に送ってくれる」
「もちろん」
「今日の夜ご飯、何?」
「カレー。三四郎が今日は一日食べちゃだめだから、食堂じゃなく、キッチンに用意するから、そこで食べてくれるか?」
「うん、わかった」

滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」



食べたい時に食べられるように、夜食も兼ねてカレーライスにした。
息子君、スパゲッティなら160グラム、ごはんなら大盛り二膳は食べる。大きくなった。
キッチンにカレーを用意していると息子がやって来て、自分に言い聞かせるように、彼が考える大学入試攻略法について語りだした。
今年の出題テーマは「革命と自由」なのだという。
前もって、受験生にはテーマ(出題範囲)が教えられる。生徒は受験日まで革命と自由についてあらゆる角度から勉強をしていかないとならない。
例えば、歴史的観点から、哲学的な視野で、経済学、文学、あるいは政治学などの知識を総動員し、大学側の出題に対して、長論文を時間内に書かないとならないのである。
ぼくの時代はマークシートだったから、違いに、驚いた。採点する先生たちも大変な作業であろう。
でも、学生の本質が分かる素晴らしい受験だと思った。
「どういう出題があるかわからないから、いくら革命と自由と出題範囲を告げられても、的が絞れないから難しいね」
「もちろん、フランスや世界の革命や自由については調べ上げたけど、ぼくは日本人だから、日本と比較させることでぼくにしか出せない回答論文を作れるんじゃないか、と思った」
「思ったって、日本のこと知ってるの?」
「たぶん、パパよりは知ってる自信がある」
「ってか、日本、革命あったっけ?」
「慶応三年に江戸幕府の第15代将軍の徳川慶応喜が政権返上を明治天皇に申し出ている、いわゆる、大政奉還とか。革命ではないけど、革命と比較する題材としては面白いよね」
「なるほど。でも、どういう出題かわからないのだから、そうやって、的を絞って勉強しても外れたら、どうするの?」
「だから、受験までの間に、あらゆる角度で調べている。でも、ぼくはこういう勉強、嫌いじゃないみたい」
「よかったじゃん。確かに、君にむいてるね」
「うん、でも、ぼくがその大学に受かる可能性は高くないから、期待はしないで」
「もちろん。でも、きっと、どこかいい大学が見つかるよ。最後まで気を抜かないで頑張ろう。カレーは大量に作ってあるし、ごはんは冷凍しとくから、お腹がすいたら食べなさい」
「うん」
あと、三回寝たら、いよいよ大学受験なのである。そこに、この子の未来が待っている。
コロナや戦争という厳しい時代だけれど、この子たちにはそれを突き抜ける若さとエネルギーがある。
がんばれ、息子よ。父ちゃんもがんばる!

つづく。



滞仏日記「あと三日で息子は大学受験、三四郎は初手術を終えて帰って来た」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。

大和書房刊「父ちゃんの料理教室」6刷りが決まりました。こちらも、ありがとうございます。プレジデント社刊「パリの食べるスープ」も好調なようです。あ、文春の「ちょっと方向を変えてみる」も・・・。笑。

地球カレッジ
自分流×帝京大学