THE INTERVIEWS
ザ・インタビュー「世界最高峰のシャンパーニュが世に出るまでのミラクル」 Posted on 2022/04/15 辻 仁成 作家 パリ
高級シャンパーニュというのは数多くあるが、その中でも、最高峰と呼んで間違いのないシャンパーニュが、この「サロン」であろう。芽吹いた時から、そのシャンパーニュは嫁ぎ先、つまり買い手が決まっている。世界中の高級レストランやワインカーヴが手に入れたくてしょうがない、幻のシャンパーニュなのである。ぼくの友人であり、サロンの社長でもあるディディエ・ドゥポン氏に、どうやってこの希少シャンパーニュが生まれるのかを、詳しく訊いた。
ザ・インタビュー「世界最高峰のシャンパーニュが世に出るまでのミラクル」
ディディエ・デュポン氏(以下、敬称略「ディディエ」) ル・メニル・シュール・オジェ村にようこそ。メゾン・サロンの前に広がるヴィーニュ(葡萄畑)はたった1ヘックタールしかない。ここと、あと、この周辺に19区画のヴィーニュがあるけれど、サロンの畑はこの村だけに限られているよ。ここが世界の中心だ(笑)! サロンの葡萄は本当に、自分の家の庭で栽培されているような感じで作られてる。葡萄の木の一本一本にまで気を使ってる。
辻 1ヘクタールの畑で、いったい何本のシャンパーニュができるの?
ディディエ その年によるけれど、だいたい6万本。少ししかできないでしょ。サロンの特徴は、ブラン・ド・ブラン(シャルドネ100%)のみということと、葡萄の出来の良い年しか造らないことだ。たとえば、サロンの一番初めのボトルは1905年のものだけど、それは創業者のウジェーヌ・エメ・サロンが自分のためにだけ造ったシャンパーニュだったから、現存はしてない。サロンのシャンパーニュが世の中に出たのは1920年以降なんだよ。サロンのシャンパーニュは20世紀、100年で37しかない。こんなに厳選されているのはシャンパーニュの世界でも、ワインの世界でも、唯一「サロン」だけだよ。
辻 サロンを1本作るのにどれくらいの葡萄が必要なの?
ディディエ 1本のボトルを造るのにだいたい1、3kgの葡萄が必要なんだ。葡萄の木1本で2kg採れる年もあるし、3kg採れる年もあれば・・・500gしか採れない年もあるんだよ。
辻 天候によって全然違うんだね。
ディディエ ほら、今年は蕾が出てきたばかりだからまだ全然予測できない。数日前(4月1日)には雪が降ったし今日もまだ寒い(3度)。あと数日はすごく心配だよ。毎年、5月半ばまでは油断ならないんだ。サロンの畑のすぐ横に教会があるから、いつも祈ってるんだよ。
辻 サロンは何人の人が働いているの?
ディディエ 20人くらい。季節というか、月によって違うんだ。12月は畑を休ませているから人は必要ないけれど、1月、2月、3月は手入れをしなければいけないから人が必要になってくる。4月以降はもう絶えず誰かが働いているよ。穴を掘ったり、土をいじらなくちゃいけないし、草も出てくる。ここは全て自然のままだから。
辻 ディディエはどの季節が一番好きなの?
ディディエ 春だね。春は全ての始まりだからイマジネーションが膨らむ! 秋、9月の初めは収穫で、結果が生まれる。嬉しい時もあれば、がっかりする時もあるよ。
辻 この葡萄の木の寿命はどれくらいなの?
ディディエ だいたい、今この目の前にある木は20年くらいのものだけど、40年から50年かな。100年生きる木もあるよ。だけど、歳をとり過ぎると良い葡萄ができなくなってくるからタイミングを見て植え替えなきゃならないんだよ。手間のかかる仕事だ。
辻 人間と一緒だね。
ディディエ この畑はとっても穏やかな場所にある。それは葡萄にとってとっても大切なことなんだよ。さあ、カーブを見に行こうか?
辻 サロンのボトルがいっぱいある!
ディディエ ここにある一番古いボトルは1921年のもの、それが1本。それから、1928年のものが2本あるよ。サロンはシャンパーニュを最低10年は熟成させるのだけど、サロンのシャンパーニュは40年経っても50年経っても何の問題もなく美味しい。他のシャンパーニュやワインはそうはいかない。これがサロンのシャンパーニュのミステリーであり、ミラクルなんだよ。
辻 お、僕の生まれ年、1959年のミレジメがあった。
ディディエ 僕たちはラッキーだね。サロンはだいたい3年に1回しかできないんだから! 僕の生まれ年、1964年もあるんだ。ここはね、むかーしむかし海だったんだよ。さっき畑を見たけれど、土の部分は20cmだけで、その下はすぐに石灰になってる。ここの石灰は崩れやすくってちょっと湿っているでしょ?これが美味しい葡萄を作る秘密かな。石灰って貝殻とか海の生物が堆積してできたものだから、舐めてみるとちょっと塩気がある。この塩味がシャンパーニュの味にも影響している。
辻 なるほど。
ディディエ サロンは100%シャルドネのシャンパーニュ、ブラン・ド・ブランを初めて作ったメゾンなんだ。サロンのカーブにはこれまでのすべてのミレジメ(ヴィンテージ)が保管されている。温度は年中11度に設定されていて、静かな場所で同じ温度と湿度でゆっくりゆっくり熟成させるんだ。
辻 フランスの食文化はすごいね。僕はお酒の中でシャンパーニュが一番好きなんだけど、特にシャンパーニュの、この泡が好きなんだよね。シャンパーニュのこの小さな泡って儚い人生のようで、物語がある。
ディディエ シャンパーニュはエスプリをくれる。疲れているときにシャンパーニュを1杯飲めば、すぐに気分がよくなるんだよね。「シャンパーニュ」って言葉を口にするだけで笑顔になる、魔法の飲み物だよ。赤ワインとか白ワインとかちょっと生真面目な印象だけれど、シャンパーニュってなんか華やかで、笑顔が必ずついてくるんだよね。
辻 あゝ、そろそろ味見してみたいな。笑
ディディエ そうしよう。シャンパーニュのおつまみには、僕の大好きなラディッシュと、グージェール、リヨンの美味しいソシッソンといちごを用意しておいたよ。僕にとってシャンパーニュとラディッシュは最高の組み合わせ。しかも体にも良い。ラディッシュを自分の庭で作ってるくらい好きなんだ。
辻 わ、一緒だ。僕も冷蔵庫にラディッシュは欠かせない! 毎晩と言っていいくらいラディッシュをガリガリ、噛んでいる。
ディディエ あとね、味噌汁とシャンパーニュがすっごく合うんだよね。僕は日本に行くと必ず味噌汁とシャンパーニュだ。
辻 え? 味噌汁!? それは意外!!考えつかなかった。
ディディエ そう、今度、パリでシャンパーニュに合う味噌汁コンテストをやりたいと思ってるんだけど、どう思う?
辻 それは面白い。確かにどちらも発酵しているものだからね。僕は自家製の味噌を作ってるんだけど、ぜひそのコンテストの審査員をしたいな。でも、僕の食べるスープ、トンジール(豚汁)もコンクールに出したい。ディディエにも食べてみてほしい。最高なんだから。
ディディエ いいね。それは楽しみだ。まずは来年、パリにいる日本人シェフにコンテストをしてもらおう!
辻 決まり。一緒に企画しよう!
posted by 辻 仁成