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滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」 Posted on 2022/04/15 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」

某月某日、夏が来た。
パリの空には入道雲が聳え立ち、眩しく暑い一日となった。
アメリカ人が大勢パリに押しかけており、あちこちから英語が聞こえてくる。
ウクライナで戦争が続いているとは思えないくらい、ここが長閑で申し訳なく思った。
公園の入り口で、アドリアンに呼び止められた。
「で、いつやるんだ」
「何を?」
「君の家で、アペロディナトワール(アペロからそのまま食事になだれ込む気楽な夕食会)をやると言ってたじゃないか。ぼくもカリンヌもピエールもみんな愉しみにしているんだよ」
おっと、忘れていた。
NHKBSの「ボンジュール・パリごはん」にいつも出てくれている面々を、拙宅に招いて手料理をふるまう約束をしていたのだった。
「おお、そうだね。やろう。夏が来る前に」
「いつだ! 私は愉しみにしているのだ。君の手料理をまだ食べてない」
食べてないって、当然だろう、と思ったが、普段、クールなアドリアンが珍しくスマホを取り出して、カレンダーをぼくに突き付けてくるので、怯んだ。
相当に暇なのであろう。話し合い、バカンス中だが、5月3日という日取りが決まった。
「よし、私は問題ない、君の招きを受ける。愉しみにしているよ」
「オッケー」
我が街の哲学者がニヒルな笑みを口元に浮かべながら去って行った。
彼は本当に哲学者なのだろうか? 
見上げると、夏の光が高木の向こう側を輝かせている。ああ、眩暈がする。
夏が来た。
秋に生まれた三四郎にとって、はじめての夏であった。

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」

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さて、いったい、何を作ればいいというのだろう?
フレンチスタイルでいくか、和食でいくか、ミックスにするか、季節は春だし、この季節に食べられる旬の野菜をメインに和洋折衷の料理でもてなすのはどうだろうか、・・・。
ぼくは公園のベンチに座り、近づく夏の空を見上げて、メニューを考えた。
実は、料理も好きなのだけれど、このメニューを考えるのがことのほか大好きな父ちゃんなのである。
そもそも、ぼくは人に奉仕するのが大好きなのだ。
おなかを空かせた人を満腹にさせることに生き甲斐を覚える、変なおやじなのである。
前菜は、何がいいだろう・・・。
春の野菜と言えば、白アスパラ、蕪、アーティチョーク、エンドウ豆、行者ニンニクなどがぼくは好物だ。
やっぱり、自分が好きなものを作ってあげたい。
そういえば、一年前、前回の「ボンジュール・パリの春ごはん」の時に、二コラ君と一緒にエンドウ豆のご飯を炊き、握り飯を作ったっけ。
アドリアンは、エンドウ豆ごはんをどう思うだろう? 
食べさせてみたい気もする。
エンドウ豆のスープもぼくは大好きだ。
なんだか、ウキウキしてきたので、ぼくは三四郎を連れて、マーシャルの八百屋に下見がてら出かけることにした。
「サンシー、行くよ!」
三四郎は日光浴をしているカップルが気に入ったみたいで、動かない。なに、してんの、サンシー、行くぞ!

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」



顔を出すと、マーシャルがさわやかな恰好で、店番をしていた。
「やあ、マーシャル。元気かい?」
「ああ、いい天気だね。夏が近い」
「結構、春の新しい野菜が入ってるね」
マーシャルは先週、ぼくがうどん屋の国虎でやったライブにもお子さんと奥さんを連れて遊びに来てくれたのだった。
「あ、そうだ。あの番組、いつも出て貰っているNHKの、あれ、またやることになったんだ。パリの春ごはん、第二段」
「いいね。明日、実は代表的な春の野菜が、いろいろと入って来るよ」
「明日? (5月3日まで待てない!)明日、カメラ持って撮影に来てもいい?」
「いいよ。ぼくはいるから。やろうよ。毎回出ているから、もう、レギュラー決定だね」
「あはは、本当に。君は日本で一番有名なフランスの八百屋なんだよ」
「あはは」
ぼくらは笑いあった。
撮影再開が決まったので、ここからがんがん撮っていかないとならない。
この季節の料理はやはり、八百屋からはじまる。明日、ちょっと幾つかの野菜を試し買いして、アドリアンたちを招く練習をしておくのがいいだろう。
それにしても、身軽な撮影である。
本当に、こんなので、いいのだろうか?
カメラマン、探さなきゃ・・・。

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」



ヴェロニクのパン屋でバゲットを一本買ってから、家路についていると、
「ツジー」
と、どこからともなく、声が飛んできた。
声のする方を振り仰ぐとと、我らがピエールが窓から顔をだして、手を振っている。
「ピエール! 5月3日になったよ」
「何が?」
「夕食会だよ。君はスケジュール大丈夫だよね?」
「もちろん! ぼくはずっとスケジュール入ってないんだ」
「あはは」
自称カメラマン、自称ミュージシャン、自称プロデューサーの「自称男」であった。
しかし、どうやって生きているのだろうというくらいいい暮らしをしている。
アメリカの有名アーティストの権利ビジネスで儲かった、と言っていたけど、本当かな。南仏に別荘を持っているし、もしかしたら親がお金持ちなのかもしれない。笑。
「何か食べたいものあるか?」
「あれがまた食べたいな、前に君のうちで食べさせてもらった、鳥のカリカリのフライ」
「唐揚げか・・・。(NHKの人は何というだろう。でも、ぼくの唐揚げは美味しいのだ)笑」
そもそもフランス人の彼らに普通のフレンチを作っても、アドリアンもピエールも驚かないのじゃないか。彼らがぼくに期待するのは唐揚げとか、とんかつとか、うな重なのである。
あはは、うな重はないでしょ!
いろいろと、作ってもてなしてあげたい、母ちゃんのような父ちゃんなのであった。

つづく。

ところで「今日の三四郎」の一枚。一九分けの、さんちゃんなのであーる。超、笑える・・・。

滞仏日記「ご近所さんらを招くことになり、メニューで悩む父ちゃんの幸せ」

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ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。


父ちゃんのライブ日程ですが、
8月8日がどうやら、関西のどこか、
8月12日が関東のどこか・・・。
決まり次第、ご報告します。
さらに、NHK「冬ごはん」の再放送が決まりました。
NHKBSプレミアム 「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【再放送日時】 2022/4/19 (火) 14:44~15:43

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