JINSEI STORIES

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」 Posted on 2022/04/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくの親しい友人から、
「君は裸のお爺様になったら、ダメだ。周りのみんなの意見もたまには聞かないといけない。孤立はよくない、孤独になれ」
とよくわからないメッセージが届いたところから、一日が始まった。お爺様って、ちょっとあたっているだけに失礼じゃないかな・・・。
「ぼくは別に裸のお爺様なんかじゃないよ」
「いや、ぼくはきみのことを誰よりも理解しているつもりだけど、君はまっすぐ過ぎるから、敵を作りやすい。敵を作るのは構わないけど、そのせいで、孤立していくのは損だ。友の忠告をきちんと聞き給え」
偉そうなやつだが、ぼくはその人のことは嫌いじゃないので、嘆息をこぼして、この言葉を飲み込んだ父ちゃんの、一日の始まり、であった。
なんのこっちゃ。

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」



ところで、ちょっと元気がない三四郎・・・。
熱はないが、鼻水は相変わらず出続けている。
とりあえず、来週手術の予定だけれど、獣医さんのところに連れていくことにした。
診察室で、耳の中を覗いたり、体重を量ったり(5キロあったのに、4キロまで落ちていた)。やはりお尻の穴に体温計を突き刺したり(三四郎は軽く悶えていた)、いろいろ検査をした女医先生、
「これはケンネルコフではないですね。田舎の獣医さんの診断書あります?」
と訊かれたので、三四郎健康バックから取り出し、見せた。
「うーん、違うと思うな、わたしは」
えええ、と驚いた父ちゃん。じゃあ、抗生物質は無駄に飲まされたのか?
「じゃあ、なんですか?」
「鼻かぜみたいなものか・・・。あるいは、鼻の中に何かが刺さっていて炎症を起こしている可能性があります。片方の鼻の孔からしか鼻水が出ない場合は、炎症を疑いましょう」
そういって、いきなり注射器を取り出した。注射器!!!
田舎の先生はかなり若い先生だったから、こちらの先生の方が経験は豊富だろうし、お任せするしかない。
「ムッシュ、心配しないで大丈夫、これはほっといても治る病気ですから」
ということで、診察料1万円、・・・保険がきかないからね。

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」



家に帰ると、息子がいたので、
「パパはこれからランチミーティングがあるんだけど、三四郎、みてくれる? 一時間くらいで帰るから」
「え?・・・うん、いいよ」
「吠えたら、遊んであげて」
「え?・・・うん、わかった」
連れて行ってもいいのだけど、鼻かぜみたいだし、注射もしたので、お留守番をさせることにしたのだ。
今日はまたまたデザインストーリーズの編集会議・・・。ここのところ、ウクライナ情勢、コロナ禍、フランス大統領選挙などで、世界が動いているので、どういう情報を記事にしていくかの会議であった。
あ、あと、ロシアが海底ケーブルを切断された場合、どうやって配信をしていくのか、についても、話し合った。

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」

※ やなさんの前のメモ帳、よく見てください。白紙です。ワインは仕事中は、一切の呑まない、と言いはり、ビールを頼んだやなさん、( ^ω^)・・・。かわいいおじさんです。



主婦目線のAFP(フランス通信社)を目指す我らがDSだが、実は編集に一人、男性(やなさん)が混じっている。
漫画のコボちゃんが立派に成長したような感じの超まじめな男性である。
本業が何かよくは知らないのだけど、文化的守備範囲が広く、いろいろと意見を出してくる。
うちは女性陣がめっちゃ強いので、裸のお爺様のぼくにとってはいざという時の盾にもなっている。えへへ。
会議をやると言ったら、ぼくの横に座り、ノートを取り出し、ペンを握りしめ、時に、腕組みをしながら、「うーん」と虚空をにらんで、う、編集者っぽい。いい感じだ。
「やなさん。この新しいプロジェクト(DSのアプリを開発中なのである)は担当でお願いします」
「え? ぼくですか? マジすか」
「皆さん、異論はないですよね? DSアプリはやなさんを中心に頑張りましょう」
一同、頷く。
やなさんが、ノートにペンを走らせた。
何を書いているのか、ちょっと横目で覗いたら、横に一本、線を描いていた。(すっーっと見事な線である。意味するところが何か、怖くて聞けない辻編集長であった)
(たぶん、とくに書くことがない時、手持無沙汰なので、線を描いて、やる気を出しているに違いない。真面目である)

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」



「海底ケーブル、ロシアが切断したら、やなさん、どうなりますかね」
投げかけてみた。
「うーん」
腕組みをして、唸るやなさん。
頼もしいけれど、今は眠れる獅子という感じで、全体の様子を見ている感じで、とくに強い発言は出てこない。
大丈夫、横にいて腕組みしてくれているだけでも、心強い。
みんな携帯でメモなのに、やなさんはちゃんとメモ帳にペンでメモをとるまじめさ・・・編集の鑑である。
ぼくを支えてくれる素晴らしいキャラの登場は喜ばしい。活躍に期待したい。
つまり、眠れる獅子のやなさんが、起き上がった時、DSの躍進が始まる、きっと、そういうことであろう!

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」



編集会議を一時間で切り上げ、家に帰ると、息子が三四郎と遊んでいたが、浮かない顔をしていた。
「どちたの?」
「あのね、ちょっと目を離したら、こんなことに」
「え?」
ぎょえ!!!!!!!!!!!!!!!!
ぼくの大事な肘掛け椅子のマットに直径五センチほどの穴が開いているではあーりませんかァ?

やれやれ・・・。これは大変なことになった。
先日は「おしっこ攻撃」を立て続けに二回もした三四郎。
最近は肘掛け椅子のひじかけ部分に噛み傷をつけたばかり。
「なんかね、犬が嫌う匂いがあるみたいだよ」
「どんな?」
「たばことか、香水とかの匂いは嫌いみたい」
確かに、三四郎は散歩の時も落ちてるシケモクだけは食べようとしない。くんくんしたら、ぷい、と逃げていた。
使ってないメンズの香水があったことを思い出し、探した。すると、出てきたよー、エルメス!
香水をスプレーしている父ちゃんの様子が面白いのか、三四郎、尻尾を振りながら、椅子に飛び乗った。
しかし、おおお、穴の匂いを嗅いだ途端、
ぎょえ!!!!!!!!!!!!!!!!
という顔をして、ひっくり返ってしまったのである。やった。これは効く・・・。
破かれた大穴は明日にでも針と糸で補修工事としよう。
ともかく、犬猫病院から、ランチ会議からのエルメスの香水まで、父ちゃんの日々はいろいろとあるのだ。
メールをあけると、例の友人から、裸のお爺様で大丈夫か、としつこくメールが届いていたのだった。やれやれ。
お爺様になっても、美しい裸でいたいと思う62歳の父ちゃんなのであった。えへへ・・・。

つづく。

滞仏日記「ついにぼくは裸のお爺様になった。辻さん、裸のお爺様だよ、あんたは!」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。

そして、お知らせでーす。
父ちゃんのライブ、8月8日がどうやら、関西のどこか、らしいという情報。8月12日が関東のどこか・・・。まだ、流動的で、どうなるかわからないのですが、日程のチェック、お願いいたします・・・。

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