JINSEI STORIES
滞仏日記「ご飯を食べない三四郎。ジュリア・ロスか、それとも病か・・・」 Posted on 2022/04/07 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、朝、いつものように、ドッグフードを用意し、
「はーい、サンシー、ごはんだよー」
とフード皿を出したところ、今まではあっという間に完食していたのに、ちょっと口にし、ほぼ全部残してしまった三四郎・・・。ン? え?どちたの?
「なんで食べないの?」
気になり、ジュリアにSMSで「食べないのだけど、そっちにいた間は食べていましたか」とメッセージを送ったら、夜は完食でしたが、朝は残していましたねぇ、という返事であった。
三四郎、そういえば、なんか、痩せた気がする。
ジュリアがいないので、ジュリア・ロスかもしれない。それもありえると思ったけれど、そうならば、そのうち、食べるようになるであろう。
三四郎、ジュリアに恋をしたのかな???
というのは、ぼくが操作を間違えて、昨日、ジュリアから送られてきた動画の再生ボタンを押してしまった、その次の瞬間、
「サンシー、サンシー」
と優しくも元気なジュリアの声が携帯から飛び出したのである。
すると、寝ていた三四郎が跳ね起き、びっくりした顔で、周囲をぐるぐると見回しはじめた・・・。
でも、どこにもジュリアはいない。
あちこち、探し回る三四郎の姿、今まで見たことがなかった。
しばらくして、ジュリアがいないことにやっと気が付いた三四郎、・・・その目は、愁いに満ちていた。
その一時間後、ジュリアから、三四郎の口の中の写真が送られてきた。
中央の歯に丸い囲いがつけられてあった。
「ムッシュ、この歯はちょっと問題なんです。乳歯と大人の歯が混在していて、反対側も同じようになっています。これは獣医に見せた方がいいです。たぶん、手術になると思います」
えええ、と驚いた父ちゃん。
三四郎の歯茎をチェックしたら、おおお、確かに、小さな歯と大きな歯が同じ場所から生えているではないか。
そこで昼前に、かかりつけの獣医さんのところに連れて行き、診て貰った。
「よく気づきましたね。手術をしましょう。このままではいけません」
ということで今月の19日に、三四郎は全身麻酔で手術を受けることになってしまったのであーる。
歯を抜くだけで全身麻酔なのだ、と衝撃を受けた父ちゃんであった。確かに、犬だから、それしかないか・・・。
「あの、先生、この数日、三四郎、朝ごはんを食べないんです。60g、を朝と夜と与えてきましたけど、前はあっという間に食べ終わり、皿まで舐めていたのに、ポンション(合宿)に参加してからのこの数日、ぜんぜん、食べません。何か体調悪いのでしょうか?」
「そういう時もあるから、ちょっと様子を見ましょう。夜も残すようであれば、連絡をください」
ジュリアの家から戻って来て、三四郎には大きな変化があった。
まず、それまで外の散歩が苦手だったのに、よく歩くようになったこと。リードを引っ張ってもついてこなかったサンシー、ジュリアの家での合宿後、元気いっぱい歩くようになった。朝ごはんを食べていないのに、ちゃんと歩いているから問題はないのかな・・・。
ジュリアのところから戻って来て、大きく変わった二点目は、お外で、ピッピ(おしっこ)をちゃんとするようなったこと。
今日は昼までに、二回もしたのであーる。
たぶん、これは他のわんちゃんたちからのいい影響、あるいは、合宿の成果かもしれない。
犬の習性を他の犬たちから学んだようであった。
わずか、三日間の合宿だったが、大成果である。
とはいえ、よく歩くようにはなったが、心なしか、元気がないのは確かだ。
三日間、犬たちと森を歩き続けたので疲れたことが原因かもしれないし、一緒に寝てくれたジュリアがいないことも何らか影響があるのかもしれない。
三四郎も成長しているということであろう。
ちょっと、様子を見ていることにしよう・・・。
午後、三四郎を連れて、息子に頼まれて買った持ち運び可能な小型のパソコンをフナック(電気屋)まで取りに行った。
三四郎は食べてないのに、元気に歩いていた。
獣医さんのところで新しいリードと首輪を買ったのが、それが、さらによかったのかもしれない。
三四郎を引き取りに行った時、ジュリアが、
「ハーネスはこの子にはあわないと思います。少し太めの首輪の方が、間違いなく歩きますよ」
とサジェスチョンしてくれていたので、半信半疑ながら従ったら、本当に見違えるように歩くではないか。
ハーネスと何が違うのか素人のぼくにはわからないけど、とにかく、気持ちいいくらい、スタスタ、スタスタどこまでも歩いていく・・・。
ご飯も食べないのに、歩く、これはどういうことなのであろう・・・。
電機屋でパソコンをゲットし、家に帰り、夕飯の準備をしていると、息子が帰って来たので、
「受験、がんばれよ」」
と伝えてから、新しい小型パソコンを手渡した。
「わ、ありがとう」
嬉しそうな顔をした息子であった。
いろいろとあるが、父ちゃん、息子、三四郎、という野郎三人の辻家であった。あはは。
夜、三四郎はドッグフードを完食した。空腹なはずだから完食は当然であろう。しかし、安心はできない、もう少し、様子を見なきゃ。
受験に向かう息子君、ごはんを食べない三四郎君。
いろいろと心配ごとはあるけれど、一つ一つ小さな問題を解決し、目を光らせ、家族を幸せに導いていくのが父ちゃんの役目でもあった。
あのね、明日も家族のために生きたいと思ったよ。
つづく。
※地球カレッジの東京スタッフ、山下さんから、日本の桜の写真が送られてきました。東京タワーじゃないところが、ナウ、ですね~。笑。