JINSEI STORIES

退屈日記「三四郎はジュリアの家族の中で、大きな幸福を感じている。ジュリアのこと」 Posted on 2022/04/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎は毎日、ジュリアに連れられて、ほかの犬たちと森へ遊びに行ってる。
その様子は写真や動画でジュリアからぼくの元へと送られてくる。
長時間、森で遊びながら学んでいるとのこと。
ちなみに、今日はお迎えに行く日だけど、やはり午後、ずっと森で犬たちと遊んでいるということで、お迎えは夜にしてほしい、と言われた。笑。
ぼくはちょっとホッとしている。
動画の中で、ジュリアがやさしく何度も何度も「わたしのかわい子ちゃん(プティ・シュー)」と呼んでいる。
びっくりしたのは、三四郎の尻尾が家にいる時よりも、大きく強く激しくふれていることだ。あはは。
彼は本当にジュリアといることを喜んでいるのである。
若い女性ということも三四郎にはうれしいのであろう。三四郎が近所のマノンちゃんに懐いていたのと似ている。
やはり、ぼくはどうがんばっても父性しかないので、母性みたいなものを、だって、三四郎はまだ赤ちゃんなのだから、求めているのである。当然だ。
ジュリアはドッグトレーナーである前に、犬が大好きな子で、そこも素晴らしい。
さらに、それらの動画には、ご家族の声も混じっている。
たぶん、ジュリアのお父さんだと思うが、「じゃあ、出かけてくるね、すぐに帰るよ」という日常生活の声も聞こえた。
三四郎はフランス人の(庭とテラスのついた)家庭の中で、ぼくの家とは違う明るい家族の中で、ぬくぬくと生活しているのである。

退屈日記「三四郎はジュリアの家族の中で、大きな幸福を感じている。ジュリアのこと」



正直、ちょっと焼きもちも焼いちゃうのだけど、しかし、三四郎にとっては素晴らしい環境が出現したということだ。
ぼくがこれから先、日本での仕事が入るたびに、安心して預けることが出来る、(それを仕事としてゆだねられることも含め)そういう人がそこにいるだけで、ホッとするし、有難い。
ぼくは自分の仕事にその時期、集中できるのだから・・・。
ぼくは7月と8月(たぶん、8月第二週に関西、関東でライブが決まっている)日本に行くので、その間、三四郎を預かることが出来るのか、と聞いた。
「私が多分、ずっと三四郎の世話をすることになると思います」とジュリアは笑顔で言った。
ボーべさんのグループは「ポンション(合宿システムのこと)」もやっているので、夏のバカンスも全員パリに残り、大勢の犬たちと森に出かけ、過ごすのである。
ジュリアは3,4匹の犬を夏のあいだ、面倒みると言っていたが、バカンスに出ることよりも犬と過ごすことの方が好きな女の子なのである。年齢はわからないけど、20歳ちょっとじゃないか、と想像する。弟さんは15歳くらいであった。
彼女のワッツアップの自己紹介写真は馬にまたがるもので、そもそも、動物好きなのだ。
これは、もちろん、仕事なのだろうが、ジュリアにとってドッグトレーナーは、仕事の枠を超えた天職といってもいいものだろう。

退屈日記「三四郎はジュリアの家族の中で、大きな幸福を感じている。ジュリアのこと」



生き物を預かった以上、ぼくは一生懸命育てていくつもりだけど、その生き物の幸せを願って、考え、イメージしながら共に生きていくためには、周囲の協力も必要となる。
三四郎はあと2か月ほどで成犬になるようだけど、そのための準備も着々にできつつある。ジュリアのボスのボーべさんの訓練には今後も参加をし、ぼく自身も犬を飼う人間としての行動と知識と思いやりをもっと学んでいきたい。
今朝、起きたら、ジュリアから「三四郎の寝落ちする前の写真」がおくられてきていた。
昼間、徹底して遊んでいるので、くたくたなのがよくわかる。
こういう表情をするときは、もう、爆睡のパターンである。それだけ一日が充実していた証拠であろう。
ぼくは夏までの間に、こういう小さな合宿を、2,3回、三四郎に経験させたいと思っている。
もっと、ジュリアや彼女の家族、そして仲間の犬たちに馴染ませたい。
そして、2022年の夏を乗り切ってもらいたい。
ぜんぜん、心配はしていない。ま、夏が終わって、三四郎をお迎えにいく時が、むしろ心配かもしれない。
「え? またこのおじさんのところに戻るの?」と、ぼくにはもう尻尾もふってくれなくなるのじゃないか、という心配である。あはは・・・。しゅん。
もっと優しくしてあげなきゃね・・・。

つづく。

退屈日記「三四郎はジュリアの家族の中で、大きな幸福を感じている。ジュリアのこと」



地球カレッジ
自分流×帝京大学