JINSEI STORIES

滞仏日記「短い人生だ、ギスギスしてもしょうがない。友達を増やす術」 Posted on 2022/03/31 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は髪が伸び過ぎたので、朝一番で、近所の床屋さんでザクッと髪を切った父ちゃん。(カットしている間、三四郎はお店の受付嬢が預かってくれた)
ちなみに、フランスの美容院って、店によるとは思うけど、20分くらいでカットが終了する。
パリの美容院もあっという間に終わる。ぼくがメンズだからかもしれない。
日本の美容院のような丁寧さはあんまりないけど、ま、滅多に髪を切らないから、ぼく的には、手っ取り早い方が助かる。笑。
ジャン・リュックという名前の美容師さんであった。いちいち、名前を聞いて、頭にきちんと相手のイメージを結んでから、仲良くなるのが父ちゃんスタイル・・・。
「どんな風にカットしますか?」
「ええと、今、ちょっと長くなり過ぎたので、ボブがいいなと」
「じゃあ、顎のラインで揃えますかね?」
「いいすね。後ろは刈り上げでもいいし、ざっくりでもいいし」
しばらく、悩んだジャン・リュック、
「ちょっと後ろは毛が多いから梳きましょうかね」
と言った。
ぼくはいつも、こうしてほしいというのがないので、前髪だけ長めにしておいてくれたら、あとは、お任せ。
で、20分後、終わって鏡を見たら、ぎょえ、オールバックになっていた。ぜんぜん、ボブじゃないじゃん・・・。
「エルビスプレスリーみたいじゃない?」とぼく・・・
「ポールアンカかな」とジャン・リュック。
家に戻って、自分でセットしなおしたら、ま、ボブっぽくなってちょっと安心した父ちゃんであった。なんのこっちゃ・・・。
ということで、まずはカットした父ちゃんの近影はこちら。あへ、いらないか。

滞仏日記「短い人生だ、ギスギスしてもしょうがない。友達を増やす術」



三四郎の咳は獣医さんが処方してくれた薬が効いて、止まった。
ということは、やはり、ウイルスだったのである。餌に薬を小さくカットして混ぜ、食べさせている。
元気になってきたので、今日も、浜辺を歩いていたら、チャールズから電話がかかってきた。
「そろそろ、こっちにいるかなと思って」
「おお、すごいね、今週ずっといるんだよ。でも、明日パリに帰らないとならなくなった。急な仕事が入って」
「じゃあ、昼でも食べに来ない? 家内が手料理を作るって」
「やった。あ、うちの新しい家族を連れて行ってもいい? テッケル・ナン(ミニチュアダックス)だけど。あはは」
「マジか、いいね、会いたい」
ぼくの友だちは4人家族、フランスの田舎で暮らすかわいい一家だ。
中学生のお姉ちゃんと小学生のお兄ちゃんと美人で素敵な奥さんがいる。
ぼくは彼の家で子供たちにギターを教えたり、一緒に奥さんとご飯を作ったりしている。
どういう関係? さあ、わからない。
居心地がいいので、だいたい長居をしてしまう。
昔のぼくは友達があまりいなかった。ギスギスしていたからだろう。それに野心があったし、めっちゃ、とっつきにくかった。

滞仏日記「短い人生だ、ギスギスしてもしょうがない。友達を増やす術」



でも、年を重ねたせいでか、最近はもの凄い勢いでフレンドが増えている。笑。
昔は友達の定義が狭かった。
今は友達の間口を広げて、柵も壁もとっぱらい、全方位で開きまくっている。
友達は「こうでないとならない」という囲いを無くした。
気が合うやつか、そうじゃないか、だけの区別しかない。
気が合えば、名前を交換しあって握手をし、仲良くなる。
これがごく自然にできるようになった。
アンヌや、ジャン・フランソワ、ぼくの家を作ったジェロームもそうだし、田舎にどんどん友達の輪が出来つつある。まだ、そこまで親しくはなくても、友達の手前の知り合いみたいな人が増殖中だ。
「やあ、久しぶり、元気?」
「ああ、あなたも元気? やあ、テッケル(ミニチュアダックス)君も元気かい?」
こんな感じで、増えていく。イラストレーターのアンドレ・ダーハンとはすれ違っただけで友人になった。うちのアパルトマンの住人たち、カイザー髭、ハウルの魔女、フランケン、みんな仲良しになった。
なんでかな? まず、相手の名前を訊ねて、ちゃんと覚えるからかもしれない。
「名前は?」
「チャールズ」
「ぼくはヒトナリ」
相手はだいたい、笑う。日本語の名前はちょっと難しいからだ。
ついでに三四郎の名前も難しいので、誰も覚えられない。
覚えられないからこそ、相手はぼくを意識する。
奥さんはいまだにぼくの名前を覚えられないので、最近は、「ヒト」と呼んでる。それも、ヒト~、と甘い声で呼ぶのだ、ふふふ。
いったい、ぼくはどういう存在なのであろう。

滞仏日記「短い人生だ、ギスギスしてもしょうがない。友達を増やす術」



すっかり長居をし、夕方、ぼくは三四郎とUBERで家路についた。
ワインがないことを思い出し、近所のワイン屋(カーヴ)に顔を出した。そこにはカウンター席があって、販売価格で飲めるというのだから、有難い・・・。
店主がぼくのことを覚えていた。
「あ、あなた、日本人の、ええと」
「ヒトだよ」
「おお、ヒト。ええと、その子は、サン、サン、・・・」
「サンシー!!」
店主はコルシカ人のエリックであった。
コルシカ人は勇敢で喧嘩が強い。コルシカはフランスではない、と思っているコルシカ人も多い。ぼくもそう思う。
素敵なアイランドで、ちょっと沖縄みたいな島国だと思って貰えたら・・・。あちこちにパワースポットがある。
「ぼくはね、アジャクシオが好きなんだ」
「ヒト、じゃあ、アジャクシオのワインを飲むか、ご馳走するよ」
たぶん、ぼくは褒め上手なんだと思う。
人を貶すより、その人の素晴らしさをまず見つけたいタイプだ。この戦争もそうだけど、人を人とも思わない連中が増えたので、ぼくは稀有な存在なのかもしれない。笑。
「メルシー、コルス(コルシカ人)に乾杯!」
ぼくらは杯をぶつけ合って、笑顔で飲んだ。ぼくの腕の中で、三四郎が寝ていた。
ぼくはまず仲良くなることを覚えた。気が付いたら、その輪が広がっていた。
すると、荒れ地がいつの間にか、緑に覆われた美しい世界に変化していたのだ。
短い人生だ、ギスギスしてもしょうがない。

つづく。

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