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愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」 Posted on 2022/03/19 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

 
パリ市内の移動を網羅するメトロは、人々の日常の足。
たくさんある路線の中で、私にとって、「アタリ」がある。
それは、虹色のストライプのシートが搭載された車両だ。
日本のガイドブックでも、度々紹介される特徴的な柄だが、初めてこの車両に乗り合わせたときは、まさに自分がイメージしていた「フレンチデザイン」で、胸が高鳴った。
マルチカラーといわれる多色使いにも関わらず、調和がとれていて絶妙なバランスだ。
4歳になる娘も、この車両に当たると嬉しそうなので、子どもにも響くものがあるらしい。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※マルチカラーの細いストライプ

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※太いストライプも



 
ところで、実は、常々気になっていたことがある。
なぜ、公共交通機関の座席のシートはフワフワした素材なのだろうか。
フランスの虹色ストライプシートに限らず、日本も同じような素材だ。
そして、私が今までに旅した国々でみたものも、似たような質感だった。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※公共交通機関おなじみの、ふわふわした素材

 
これは、80年代の自動車にもよく使われていた「ベロア」や「モケット」と呼ばれるものだが、やや古臭い印象がある。
なぜ、ソファの張り地のようなモダンな織物にならないのだろうか。
今回は、そんな疑問に答えてくれる人に出会うことができた。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※昔の車もベロア素材

地球カレッジ



 
ベルトラン・ゴエップさんは、クロスメーカーAUNDEで働く繊維の専門家で、数々の公共交通機関のシートクロスを開発してきた。
AUNDEは、フランスの長距離電車のシートファブリックのシェア8割を誇る。
なぜ、フワフワした素材なのか単刀直入に聞くと、返ってきた答えは「耐久性」。
あまりに意外過ぎる回答だった。
というのも、私が持っていたベロア素材のスカートは、擦れて傷がついたり、毛が倒れて変なクセがつくので、強度が高い印象はなかったのだ。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※大胆な色使いのシート

 
その違いは、どうやら素材にあるらしい。
私が持っていたスカートは綿素材、公共交通機関のシートに使われるものはウールで、90%を越える純度の高いものだそう。
ウールといえばニュージーランド産のものが有名だが、車両用には毛が太い南米産のものが選ばれているという。
羊が育つ環境で、毛の太さも変わるのだ。
「良い絨毯は、長い年月、重い家具の下に敷かれていても、少し湿らせてブラッシングすれば、家具の跡は消えます。良質なウールであれば、毛はまた立ち上がるのです。」とベルトランさん。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※マリー・アントワネットのプチ・トリアノン宮殿の良質な絨毯



 
お隣の国、ドイツではウールではなく、ポリエステルを使用しており、コスト面での優位性があるという。
ウールでつくったシートクロスは本革と同じぐらいの価格ともいわれていて、実は高級素材なのだ。
それでも、フランスでウールを使い続ける理由は、タバコ。
今は電車内は禁煙だが、現在運行している車両が開発された時代には、喫煙者に配慮する必要があった。
 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

※ドイツのシートもベロア素材だがポリエステル

 
ひとつの車両はつくられてから約30年程度使用され、クロスメーカーは開発時の素材を車両寿命まで生産できることを保証しなければならない。
当時の乗客の中には、座席にタバコを押し付けて火を消す人もいたという。
そういった状況で、ポリエステルでは溶けてしまう。
ウールの場合は、溶けずに焦げるが、これもまたブラッシングすることで、焦げが取れ目立たなくなるそうだ。
シートクロスの交換は、ウールのベロア素材であれば、車両寿命の折り返しである15年程度で行われる。
これが、織物だった場合、耐用年数は2、3年と、一気に短くなるというから、ベロアの耐久性は突出している。
 

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※様々な長距離電車のシートクロス



 
耐久性に加えて、「防汚」にも優れてるという。
そのことも、私には驚きだった。
フワフワした毛が汚れを吸着しそうな気がしたからだ。
実際は、汚れても手入れがしやすい、ということらしい。
公共交通機関で、一番多い汚れは、コーヒーの染みだという。
コーヒーをこぼしてしまっても、毛が吸い込んで、表面には残らない。
ひどい汚れには湿式バキュームクリーナーを使うので、布の裏側に溜まった汚れも取り除くことができるのだ。
また、コーヒーと同系色の黄色やベージュの布のほうが、汚れが目立たないという。
フワフワの毛が吸着するものは、汚れだけではない。
吸水性にも優れていて、暑い夏場でも蒸れずに快適に利用できるのだ。
 

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※座面は痛みやすいので交換頻度が高い

 
ウールのベロア素材は、本革と同じぐらい高いし、タバコを吸う人はもういない。
だが、フランスの電車の座席シートは、天然素材であるウールであり続けて欲しいと願ってしまう。
それがフランスらしさのような気がするから。 

愛すべきフランス・デザイン「パリのメトロ、可愛いだけじゃないシートクロスの秘密」

自分流×帝京大学



Posted by ウエマツチヱ

ウエマツチヱ

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tchie uematsu
フランスで企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の娘を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速い。