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退屈日記「三四郎と気が合うドッグトレーナーを探す毎日」 Posted on 2022/03/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎のドッグトレーナーを探している。
ネットでいろいろと調べたり、知り合いでわんちゃんを飼っている友人らから情報を集めてきた。
大事な三四郎を預けることになるので、やはり、誰でもいいというわけにはいかない。
評判とか評価が気になる。
一番いいのは、実際に預けている人からアドバイスを貰うことだと思い、犬好きな人たちから意見を募って来た。
公園などで親しくなった犬仲間から聞いたり・・・。
何せ、ぼくは犬を飼うのがはじめてなので、ただ愛情を注げばいいというものじゃないだろうし、注ぎすぎてもお互いのためにならないこともあるだろうし・・・。
そして、今日までに数名、優秀そうなドッグトレーナーを見つけることが出来た。
中には、指導者がきびしく軍隊式に躾を教えるところもあった。
巨大な倉庫に訓練施設のようなものまで用意されていた。教官は男性で、印象としては大型犬を躾ける場所のようだった。
もう一つは可愛いスクールバスによる完全送迎付きのグループで、「散歩」をしながら大勢の犬たちと一緒に学んでいく、というコンセプトのところだった。
楽しそうだけど、大勢の犬たちと行動を共にしないとならないところが、三四郎には負担になるかな、と思った。ただ、ここだと送り迎えはしないで済む。えへへ・・・。
もう一つは女性のトレーナーが大きな公園で勉強会をやっているところだった。ネットの評価などを見ると、ほぼ五つ星で、コメントもかなりいい。
預かる場合は、自宅での共同生活になる、と書かれてあった。
こじんまりしているし、人間が見えるので、とりあえず、ファーストコンタクトをしてみることになった。



「もしもし」
「はいはい」
元気な女性が電話に出たが、周りに犬がいるのか、話が途中で何度も切れる。
「すいません。ちょっと子犬がベティーズ(悪戯)やってたから、・・・ええと、何処まで話しましたっけ?」
「ですから、公園で毎週末講習会をやっているんですね?」
「そうです。とりあえず一度参加してみません?」
はきはきとした、若い女性だ。経験的にはどうなのだろう、と思った。声だけでは、年齢とか性格はわからないし、ま、一度、参加してみようかな・・・。
「そうします。あと、先々のことになりますけど、ぼくが仕事で面倒看れない時など長期預かる(ポンション)システムあります?」
三四郎を譲ってくれたブリーダーのシルヴァンのところでもよかったが、でも、預かるのが専門の、優しい人がいるなら、彼にとってはそれがベストだろうと考えていた。
「ええ、やっています。私たちはホテルとか施設とかじゃないです、自宅で預かるんです。今も、ちょっと預かっているの」
背後で犬たちの元気な声が弾けた。
「そうでしょうね。なんとなく、賑やかな感じが伝わってきます。ご自宅はどちらですか?」
「郊外ですよ。森の近くです」
「いいですね」
「今週末、講習会があるから、とりあえず、相性もあるので、一度、あなたがご自身で確かめてみた方がいいです。いろいろと経験して、自分のわんちゃんが一番落ち着くところを見つけるのが一番ですから」
いいこと言うなァ、と思った。
「じゃあ、そうします」
「あ、犬種は?」
「テッケル・ナン(ミニチュアダックスフンド)」
「わ、大好き。写真、送ってもらえます?」
「写真?」
犬好きなんだろうな、と思った。
ぼくは電話を切って、さっそく、三四郎の写真を彼女に送っておいた。

退屈日記「三四郎と気が合うドッグトレーナーを探す毎日」



まもなく、携帯に返信が届いた。
「なんてかわいいの? この子、名前は? いつ会えますか? 今週末とかどうでしょう? ブーローニュの森でちょうど講習会があるから、参加してください」
「名前は三四郎です。今、家の水漏れ工事をしているから、それが土曜日までに終わるはずなので、うまくいけば参加できます。ダメでも次の週は必ず」
ということで、一人、可能性のあるドッグトレーナーさんを見つけた。
ぼくは8月に関東と関西でライブを控えているので、3年もやってないから、なんとか今年は日本でライブをやり遂げたく。
狂犬病の二度目のワクチンが間に合わない三四郎はお留守番をしないとならないし、この人がとってもいい人で、経験もあり、三四郎との相性があえば、今から毎週指導を受け、時々、預けてみたりしながら、夏の時期は彼女の自宅で他のワンちゃんたちと長期合宿、躾もばっちり、というのは彼にとって一番楽しく、負担がない夏のバカンスになるのかな、と思った。
そうとも知らず、三四郎はぼくの膝の上で悪さを繰り返している。

つづく

退屈日記「三四郎と気が合うドッグトレーナーを探す毎日」

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