JINSEI STORIES
滞仏日記「世界的イラストレーター、アンドレ・ダーハンがぼくの似顔絵を描いた」 Posted on 2022/03/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、奇跡的な出会いをした世界的に有名なイラストレーター、アンドレ・ダーハン氏を、ぼくのいきつけの中華レストランにご招待した。
出会って、二回目だけど、すでに懐かしい・・・。
アンドレとの出会いをおさらいしておこう。
ぼくと三四郎が田舎の浜辺を歩いていたら、スケッチブックを抱えた高齢のムッシュとすれ違った。
ムッシュはすれ違いざまに三四郎を振り返り、かわいいね~、と口にした。
それから、立ち話になった。
ぼくが日本人だと知ると「日本の出版社とたくさん仕事をしたよ」と切り出した。
ぼくが作家だと名乗ると自分はイラストレーターだと告げて、ぼくに名刺を差し出した。
また会いましょうと言い合い、一旦、別れるのだけど、パリに戻る途中ネットで検索をしたら、ぼくが生まれてはじめて翻訳を手掛けた絵本「ことりちゃんとんだ」の作者その人であった。
「ぼくは昔、あなたの本を訳していたよ」とSMSで伝えると、「それは奇跡だ、すぐに再会しようじゃないか」となったのであーる。それが今夜・・・。
ということでぼくは友人の香港人、マダム・メイライに電話をし、いつもの席をおさえてもらった。
再会したぼくらは笑顔で握手!
アンドレは編集マネージメントをしているパートナーのエリザベートを伴っていた。
ぼくは日本語版の「ことりちゃんとんだ」を持って行ったので、そこにサインをしてもらおうと彼に差し出した。
アンドレは自分の日本語版の絵本を、長いこと見下ろし、静かに微笑んでいた。
「ほんとうに、奇跡だね、こんなことが起こるだなんて」
「そうですね。浜辺ですれ違った人が、かつてぼくが翻訳した絵本作家だなんて。信じられない」
「奇跡をぼくは信じるよ」
アンドレ・ダーハンは86歳で、ぼくの母親と全く同じ年なのである。
そのことを告げると、はにかむような照れ笑いを浮かべてみせた。
「君はぼくの息子ということになるね」
「そうですね。あの、ここにサインください」
「え?」
「これ、記念にサインがほしいんですよ。二人の共作に」
「ああ、なるほど」
と言って、アンドレはカラー筆ペンを取り出し、なんと、なんと、いきなり、最初のページにイラストを描きだしたのである。
わお!!!!!!!
それだけじゃなかった。アンドレは自分の代表的な絵本「My Friend,theMoon(ぼくのともだち、おつきさま)」の英語版をぼくにギフトしてくれたのだ。
しかも、同じように、その最初のページにはイラストが描かれてあった。
わお!!!!!!!
しかし、それだけじゃなかった。
な、なんと、アンドレは、いきなり、ぼくの似顔絵を描きだしたのであーる。
「動くな」
「え? どういうこと?」
「いいから、じっとしていて」
「ひとなり、アンドレはあなたの似顔絵を描いているのよ。動かないで」
エリザベートが言った。
わお!!!!!!!
本当に、奇跡としか言えない出会いであった。
「そうですね。でも、アンドレ、あなたは若い。肌もつやつやで、はじめてお会いした時、ぼくより5,6歳年上かな、と思っていました。若さの秘訣はなんですか?」
「ぼくがアーティストだからだよ」
「でも、なんか秘訣とかあるでしょ?」
「それは問題が降りかかってきたら、くよくよしないで、すぐに解決策を探して、対処することだ。悩んでいる時間がもったいない、今すぐにやるんだよ」
「一緒ですね。ぼくもいつもそう思って生きています」
意気投合したぼくらはたくさん食べて、たくさん語って、たくさん笑いあった。おっと、忘れていた。三四郎ももちろん、一緒である。
「この子、ただものじゃないな」
アンドレが三四郎を覗き込んで言った。
「そうですね。あの日、あなたが三四郎に声をかけなければ、すれ違っていたでしょうね」
「奇跡の犬だ」
ということで、24歳年上の新しい友だちが出来た。
笑顔の素敵なムッシュだった。
いつか、一緒に仕事をする機会があるのだろうか?
「ところで、いつか、一緒に絵本とかつくりましょうよ」
何気なく、聞いてみた。
彼は、笑顔で頷き、いいね、と言った。
これだけの確率で出会って親しくなったのだから、絶対一緒に仕事をするような気がする。
生きている間に、何か大切なものを、一緒に生み出す。しかし、それはもう奇跡ではない、必然なのであーる。
その時がきたら、またご報告しますね・・・。
つづく。
お知らせです。
次回、父ちゃんのオンライン・文章教室は、4月24日になります。