JINSEI STORIES
滞仏日記「不意にLさんから電話があり、春ごはんの話をふられた、出来る男」 Posted on 2022/03/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、三四郎を連れて、海まで散歩に出かけようとしていた父ちゃんのもとに、テレビ番組制作会社のLさんから久々の電話・・・。
「ボンジュール、辻仁成のパリの冬ごはん」放送のあと、とんと音沙汰のなかったLさんだったので、あの番組は受けなかったのかもな、寂しいなぁ、と思っていた父ちゃんであった。
「もしもし、辻さん、ご無沙汰しております。Lさんです」
すっかり、Lさんとしてこの一年を生きてきたこの人、Lさんがかなり板についている。
当日記でも、すっかりおなじみの一人となっている。
「あのですね、それが、ご報告がなかなか出来ずにいて申し訳なかったのですけど、NHKさんから、春ごはんをもう一度お願いしたいという連絡をいただきまして。これは可能でございましょうか?」
控え目な物言いではあったが、相変わらずやり手感が滲みだしている。
実は、ウクライナ情勢で頭がいっぱいだった父ちゃん、Lさんのこの提案だけはさすがに予期できなかった。
「え? いきなりですね」
「NHK内部で反響がいいんです。そこで、急なんですが、すぐに撮影に入ってもらえるとLさん的には大変ありがたいのですが、いかがでしょうか?」
すでに、春、秋、冬とやってきたので、撮影がここで終わるのも寂しいな、とは思っていた。
息子もフランスにおける成人の年齢、18歳を迎えることが出来ていたし、「冬ごはん」は一応のハッピーエンドを迎えることが出来ていた。
終えるならシーズン3で終わるのが「有終の美」かな、と思っていたので、一瞬、言葉が詰まってしまった。
「あのですね、三四郎君のファンが多くてですね」
ぼくじゃないんだ、と思った父ちゃん・・・。しゅん。
「三四郎君が健気に生きる姿を視聴者に届けたく」
父ちゃんじゃないんかい、と思った父ちゃん・・・。
「パリで頑張る三四郎君の姿を、ぜひ、日本の視聴者の皆さんに届けましょう」
わしじゃないのか~、と思った父ちゃんであった。
前置きが長くなったが、「一応、前向きに考えておきます」とお伝えしたのだけど、Lさんは電話を切る直前、4月中旬くらいまでに撮影を終えて貰えると、Lさん的には嬉しいのですが、無理ですよね、と相変わらずの自分勝手・・・。
4月中旬って、じゃあ、ひと月しかないじゃんか。
「わん♪」
振り返ると、散歩に行く気満々の三四郎が尻尾を振って、そこにいた。
今、リードを外す訓練を始めたばかりなのだ。
映画監督でもある父ちゃん的には番組のことを考えると、今この瞬間をおさえないと、この番組が成立しない、と考えてしまった。(こういう性格、本当に損なのであーる)
とにかく、どうなるかわからないけど、明日、パリに帰らないとならず、今日、三四郎のリードを外して、浜辺を走るシーンは、おさえておきたい。←やる気じゃん・・・。
でも、困ったことに、4K対応の携帯(日本携帯とフランス携帯)は持っているが、撮影道具、例えばマイクや自撮り棒や風きり音を減らすためのウインドージャマー(風防)などを、何も持ってきていないのであった。そりゃあ、そうだ!
そこで、出来る男父ちゃんは、家にあるものでこれらを急ごしらえして、とりあえず、どうなるかわからないにしても、撮影を強行しておこう、と思ったのであーる。
行く気になっている三四郎をそこで待たせ、作業に入った出来る男・・・。
それにしても、Lさんは相変わらずいつも急である、などとぶつぶつ言いながらも、連絡があったことが、ちょっと嬉しい、出来る男であった。
まず、ウインドージャマーはいろいろと考え、スポンジを利用することにした。
モンサンミッシェルで撮影したYouTube動画「故郷」は、ウインドージャマーがなくて、荷物輸送用のスポンジを利用して防音に成功した。
しかし、田舎の家に、そのためのスポンジがあるわけもない。でも、探し回った父ちゃん、食器棚を開いたら、・・・あった。
おおお、これじゃあああああ。食器洗い用のスポンジ!!!
サイズ感は問題ない。携帯のマイク部をすっぽりカバー出来れば風の音は半減できる、と踏んだ出来る男であった。
包丁でスポンジを半分にカットし、その側面に切り目をつけ、携帯を差し込んでみると、ややや、ちょうどいいじゃあーりませんか!!!
自撮り棒の棒部分は、昨日、三四郎と訓練に行った浜辺で三四郎が咥えて持ち帰った流木があったので、これを利用することにした。
ちょっと短かったが、しかし、悪くない、と思った出来る男である。
ということで完成写真がこちら。
ジャジャジャジャーン。
※ この食器洗い用のスポンジがいい味を出している。流木は輪ゴムとガムテープで固定している。出来る男である!!
ぼくは三四郎と海へと向かった。
もちろん、まだ、正式なお返事はしていないし、タイタンのOさんとも協議は出来ていない。(LさんはO氏に連絡済み)
でも、タイタンさんは常に前向きなので、あとはぼくが時間的にやれるかどうか、ということになるのだろう。
幸い、真夏は日本なのだけど、この春はウクライナ情勢もあり、空が混乱しており、帰国は難しく、パリにいるので、撮影は可能であった。
ほぼ、自撮りなので、やれないこともない。
しかし、息子が4月中旬に大学受験なので、何度も田舎には来れそうもない。撮るなら、今日だ!
「行くぞ、三四郎、レッツゴーだ」
とぼくらは浜辺へとまっしぐらしたのであった。
お手製自撮り棒の使用感は最高だった。
これまでの実績から、撮影に適した角度感や、重量感、手振れ感は計算済みであった。←なんのこっちゃ!
とりあえず、昨日に引き続き、リードを外す訓練をやることにした。
昨日は、リードを付けたまま、浜辺を歩かせた。ぼくの手を離れたのは事実だが、完全にリードを外したわけではない。
リードを外せば、軽くなり、遠くへ消えてしまうかもしれない、という不安はまだぼくの中に多少残っていたが、Lさんが出来る男の背中を押したのだった。えい!
三四郎は走った。
ぼくは犬用のテニスボールを遠くへと投げた。
三四郎はぐんぐん走っていった。うん、これはいい。
ぼくは手作りの自撮り棒を構え、三四郎を撮影した。
この番組は一年前にスタートし、最初は一回限りの放送の予定だったが、春に続いて、秋、そして、冬バージョンが続けざまに収録された。
ちょうど、一年後の今、その第四話が始まろうとしている? ←シーらない。
タイタンのOさんとよーく話し合い、最終決定をしたいと思う次第である。
息子は大学生になることが出来るのか、そして、三四郎の運命やいかに・・・。
ぼくの人生は続くということだ。
つづく。