JINSEI STORIES
滞仏日記「ママ友から激怒の電話、ヒトナリ~、男たちはどうなってんのよー!」 Posted on 2022/03/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、午後、三四郎といつものように浜辺を散歩していたら、ママ友グループのエルザから電話がかかってきた。
実は、去年の暮れぐらいにママ友仲間とちょっと息子の進学問題で大喧嘩をし、仲間割れというか、いや、仲間外れになっていた父ちゃん。
もともと、男性のぼくが女性だけのグループに参加させてもらっていたこと自体が奇妙な話ではあったが、「ヒトナリ、あなたは息子を甘やかし過ぎよ」と、とあるママさんに言われ、
かっちー--ん
となって、そのグループを飛び出したのであーる。
もちろん、ぼくを擁護してくれたママさん、イザベルとか、レテシアとか、数名いたのだけど、なんとなく、ウザくなって、そのグループフォンには参加しないようになってしまった。えへへ。
ぼくの擁護派の一人が、エルザであった。
「ちょっと、聞いてくれる。うちのピエールのこと。最低な男なのよ」
面倒くさいなぁ、と思ったが、三四郎は浜辺を駆け回っているし、今日は周囲に大型犬もいなかったので、ぼくは浜辺でエルザと立ち話をすることになる。
「どう最低なの?」
「ヒトナリ、今日は国際女性デーだって、あんた知ってた?」
「なんか、マクロン大統領がスピーチしてたよね。ネットニュースで見た。DVとか女性の病気とかが増えてるからフランスは戦っていくって」
※マクロン大統領は、自撮りカメラ目線で、国民にメッセージを送るのだ。携帯で撮影し、生の声を届ける。彼の政治手腕には賛否両論があるけれど、・・・。若い子たちが子宮の病気で苦しんでいることを見逃せないと発言し続けている。
「そうよ、マクロンの演説をピエールと聞いてたの。そしたら、あいつが、キッチンで片付けものをしている私に向かって、なんと言ったと思う?」
そんなことわかるわけがない。でも、知らない、とは言えないので、
「なんて言ったんだい?」
と訊いてみたのだ。
「エルザ、今日はさ、国際女性デーなんだから、片付けは明日にしたらって」
エルザがピエール(あのピエールじゃなく、別のピエール。フランス人の名前は、同じ名前ばかり。エリックとか、ピエールとか)の声色を真似した。
元劇団員だけあって、物まねが上手なのであった。
ぼくは、吹き出してしまった。
「ちょっと、ヒトナリ、あんたまで女性をバカにするの? 明日って、どういうことよ。今日だけの問題じゃないでしょ? なのに、ピエールったら、今日くらい休んで、明日やれよって、真顔で言うのよ。これは差別じゃない? 私はどなりつけてやったわよ」
「そりゃあ、けしからんね。ピエールは大馬鹿野郎だ。ぼくなんか、毎日、片付けをやってるし、毎日、仕事をしているし、毎日、息子のことで頭を抱えている。その上、子犬の世話まで・・・。じゃあ、ぼくのようなムッシュには、どういう国際デーがあるというのだろう?」
「え? あなたは男だから」
「男だったら、我慢しろというの? 男はみんなマッチョじゃないといけないのか?ぼくのようなムッシュもいっぱいいるんだけど、マクロン大統領は戦ってくれないんだよね」
「何言ってるの? あなた、日本人でしょ?」
「税金、払ってるよ。選挙権と国籍はないけど、それ以外は、フランス人に負けないくらいこの国に貢献してきた。もうすぐ、年金だって、支給されるんだ。つまり、ぼくだって、休みたいんだよ、エルザ。君が羨ましい」
「何で、私が羨ましいのよ」
「文句を言えるバカな夫がいるからだ!」
話がそれるけど、ぼくは昔、とある大手新聞の取材を受けた席で、「辻さんは料理とか子育てとかが出来て女子力がもの凄く高くて素晴らしいですけど、なんでですか」というようなことを質問されて、切れたことがあった。
離婚したばかりで、ぼくになぜか世間がそういうことばかり、質問して来る時期だった。
その記者さんも、にやっと含み笑いをしながら、そう言ったのである。
男が料理や子育てが出来ると女性力が高いという言い方に、かっちー--ん、ときたのだ。
なので、ぼくはその女性記者さんに、「女子力が高い」なんて言葉をあなたのような立派な記者が使うから、いつまでも女性の地位があがらないんだよ、と言ってやった。
女子力が高い、という言い方に問題を感じない女性・・・。男子力が高いと、男性が言うのを聞いたことがない。
「人間力が高い」と言われればぼくは怒らなかったと思う。
結局、国際女性デーという名称に反対はしないけれど、いろいろな人間が複雑にこの世界を構成している今、二択のジェンダー論だけで、世界を決めつける人が男女ともに相当数いることの方が、問題なのであーる。
そもそも、女性は子育て、家事が当たり前、男は仕事だ城づくり、みたいな考えはぼくには時代錯誤甚だしく、ナンセンスでしかない。
ぼくが料理をするのも、子供を育てているのも、三四郎を大切にするのも、それはぼくの人生観なのだから、男とか、女で語られたくないし、女子力とは何事だ、ぷんぷん。
しかし、つい最近も、中国で鎖に繋がれているお母さんが発見された例とかがあるので、国際社会は啓蒙をし続けなければならないのだろう。
でも、その日だけ、ピエールのように、女性が女性の役割から解放される日であってはならない。
ぼくは、エルザにそういうことを言いたかった。
「三四郎、人間はいまだ不完全な生き物だよ。戦争はするし、なかなか対等にはなれない」
ぼくは三四郎を抱きかかえ、家路についたのである。
途中のパン屋で、カレーパンを、買って・・・。
つづく。