JINSEI STORIES
滞仏日記「ミシュラン星付きレストランに行ったら、ぼくの名前がメニューに!?」 Posted on 2022/02/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、フランス全土で嵐が吹き荒れるというので、朝いちばんでぼくはパリに戻った。
三四郎は車酔いもせず、おとなしく、助手席でじっとしていた。
赤ちゃんとは思えない成長ぶりである。
しかし、ぼくも三四郎ばかりを相手にしてはいられない。
週末だし、たまには息抜きもしたいじゃないか・・・切実に。
もうお留守番もできるようになったので、ぼくは夜、ジャケットを羽織って、たまに出かける星付きレストランへと赴いた。
いつも、窓側の端っこの席に通される。
給仕さんがぼくの前にメニューを置いた。どれどれ、と覗き込んだ。
シックな広いレストランだが、いつも満席なのだ。
ポーションは小さめで、3皿、69ユーロ(前菜、メイン、デザート)と6皿、79ユーロの二種類しかない。
刷新されたメニューを覗き込んだ。オントレ(前菜)が4品の中から選ぶ。
魚のマリネとか、フォアグラのポワレ、大エビのラビオリ、ウナギの燻製となっていた。うーん、ウナギかな・・・。
さて、プラ(メイン)は何にしよう、と思ったところで目が留まった。
Gomiti Hitonari,oeufs de cabillaud fumes,miso
メインの一番上の料理名にHitonariという文字が・・・。
目の錯覚かな、と思って見直したが、やはり、Hitonariである。
えええ? どうなってんの?
思わず、顔をあげると、遠く、ホールの奥に広がるオープンキッチンの中ほどに立ち、笑顔でぼくを見ているチャーリー!!!
ああ、なんたるこっちゃ。
驚きを通り越し、しょんべんをちびりそうになった父ちゃんじゃんか~。
※ Platsの下に、Hitonari!!!!
こちらのシェフ、チャーリー(仮)とは家族ぐるみのお付き合い。
ミシュランの一つ星を持っているけど、そういうところはあまり前面に出してこない。
ある日、誰かから言われて、星付きシェフだとわかった、ほど。
まじめで控えめなジェントルマンである。
ぼくの家に、奥さんと食事に来たことがある。
息子に、「パパは、名のあるシェフによく自分の料理をふるまえるよね。その度胸はどうなの?」とからかわれた。
フランスのシェフは日本食とか中華料理から多くの影響を受けている。
だから、うちにフランス人のシェフが来る時はだいたい和食系にする。
前回も、ダシを使った和洋折衷の不思議なものを拵えて出したら、「何を使ったの?」と面白がっていた。
ぼくらは、お互いの料理に何を使っているか、あて合いをする。
前回、行った時に出されたアミューズがアマンド貝とコック貝のカクテルで、え? もしかして、「海苔の佃煮使ってる?」と言い当てると、頷きながら照れ笑いしていた。
佃煮かよ~。笑。
シェフがぼくのところにやって来て、
「君のパスタとは全然別物なんだけどね。でも、ヒントを得たからさ。敬意を表して、名前を入れさせてもらったよ」
と言った。
前回、彼がうちにやって来た時に、いろいろだした料理の中で、たらこペーストの和風だしとニースのピストゥソースのいわゆるダブルソースのパスタを出したら、マネしてもいいかね、と言われたのだった。
ぼくはそのことを思い出した。
しかし、本当にやるとは思わなかったし、ぼくの名前を入れるだなんて、・・・あまりに大胆な男である。
ぼくらは笑いあった。
ほかのお客さんらは、シェフと笑いあうこのロン毛のアジア人が何者かわからず、怪訝な目でぼくを見ていた。
ぼくはスパゲットーニで作ったのだけど、シェフはゴミッティと呼ばれる複雑な形をしたパスタを使っていた。
ぼくのは、いわゆる日本のたらこパスタをアレンジしたもので、タラの卵をクリームや和風だしやスパイスなどで伸ばして味付けしたもの。そこにピストゥが混ざることで海感と山感が混ざる不思議なパスタに仕上がった。
シェフはピストゥは使わず、タラもちょっとしか使わず、あとはタマランと言われる南国のフルーツ(タイやインドでよく使われるマメ科のフルーツ)を使っている。
どちらかというとさらさらのオイル系パスタに仕上げていた。
でも、上品にたらこ感が出ているし、タマランとの組み合わせは、目からうろこ・・・。
ということで、実物を御覧頂きたい。
上がシェフの「ゴミッティ・ヒトナリ」で、下がぼくの「たらことピストゥのダブルソースパスタ」である。
※ ぜんぜん、別物になっている!!!
なにより、メニューに自分の名前を発見した驚きを想像して頂きたい。
ここ最近では一番のハプニングで、帰りにメニューを一つ頂戴することになった。
額に入れて、壁に飾って、次の客人をもてなす時の語り草にしたい、と思った父ちゃんであった。笑。
家に帰ると、三四郎がドアの前で忠犬ハチ公のように正座し、ぼくの帰りを待っていた。
目が合うと、尻尾を振って主人の帰りを喜んでくれた。やられた。
あああ、なんて、可愛いやつなんだ。
そこで、ぼくはシガシガと命名した骨ガムを一つ三四郎に与えることになった。
動画に撮ったので、こちらもついでに御覧頂きたい。
ジャン・ギャバンさながら、葉巻をくわえてポーズをとる、辻三四郎なのであった。
つづく。
というわけで、父ちゃんからのお知らせが二つあります。
まずは、NHK・BSのドキュメンタリー、
『ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん』の放送日が迫っています。
【BSP】2月23日(水・祝)21時51分~22時50分
オンデマンドが何かいまだにぼくにはわかりませんが、
【オンデマンド】
2月24日(木)18時〜3月12日(土)23時59分(NODの“まるごと見放題パック”に加入されている利用者の方)
2月24日(木)18時〜3月9日(水)23時59分(加入されていない方)
だそうです。BSが自宅でご覧いただけない皆さんは、単品利用の場合:1本220円で視聴可能だと制作会社のLさんが言うております。
https://www.nhk-ondemand.jp/#/0/
そして、『ボンジュール!辻仁成の秋のパリごはん』の再放送がそれより前に。
【BSP】2月19日(土)8時45分〜9時44分
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/schedule/