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滞仏日記「三四郎に大試練。一人でお留守番をさせてみた」 Posted on 2022/02/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、田舎生活5日目、今日は三四郎にとって大きな試練が待ち受けていた。
というのも、いくつかの達成させたい躾けの大きな目標があったのだ。
1,夜中に吠えずに一人で眠ることが出来るようにさせる、
2,一人でお留守番が出来るようにさせる、
この建物にはこの時期、他に住人がいないことが分かっていた。
フランスは来週からバカンスに入るので、この時期は都会の人々は動かない。
最上階なので、いくら吠えても、誰にも迷惑がかからないのだ。
パリの家だと「寂しいよー、パパしゃーん」と夜中に吠えられる。
三四郎は結構頑固だし、結構諦めない性格なので、深夜に吠えられると近所迷惑甚だしいのである。
日本の建物のように壁が厚くない。
音が筒抜けに近い状態なので、飼い主としては、隣人に気を揉んでしまうのである。
平気ですよ、と皆さん優しく言ってくださるけれど、甘えてばかりはいられない。
そこで、田舎に隔離し、鬼の特訓をしようと決意した父ちゃんであった。
ここなら、いくら吠えても誰に憚ることもない。
隣の建物まで百メートルくらいあるし、泣き叫ぼうが喚き散らそうが、誰にも聞こえないのである。
えへへ

滞仏日記「三四郎に大試練。一人でお留守番をさせてみた」



で、1の訓練はすでに田舎に着いた日とその翌日にやり、予想通り、彼は吠え続けたのだが、根尽きて、三日目から、ぴたりと吠えなくなった。
というのは、どんなに吠えてもぼくが出て来ないので、ついに鳴きつかれて諦めたのであーる。
滅多に諦めない頑固な犬でも一度「これは無理だ」と思ったら、諦める。
3日目、4日目はちっともぐずらず大人しく寝てくれた。
今朝、6時に、ドアを前脚でかしゃかしゃと引っ掻いただけ。(それは、おしっこをしたよ、と教えに来てくれたのであーる)
ということで、今日と明日は、2の訓練、をやることになった。
そこで登場したのが、おなじみの監視カメラだ。
新しく三四郎専用の監視カメラをカルフールで購入し、犬スペース(アパルトマンの一部に柵を作って、そこを三四郎に開放した)の前に設置したのであーる。
今時の監視カメラの凄いところは、カメラを360度自由に遠隔操作できること。
赤外線で夜でも監視できるし、マイクを使って、「三四郎、そこでおしっこしちゃダメだよ」と声を発することも可能。
もちろん、三四郎の鳴き声も聞くことが出来る。
これで3000円って、安くないですか?
さっそく設置して、夕方、外に出てみることにした・・・。

滞仏日記「三四郎に大試練。一人でお留守番をさせてみた」



滞仏日記「三四郎に大試練。一人でお留守番をさせてみた」

「三四郎、ちょっと、父ちゃん、散歩に行ってくるからな」
ジャケットを着て、出かける準備をした父ちゃん。そうとは知らず、ぼんやりとぼくを見上げている三四郎・・・。
ちなみに、三四郎は散歩が大嫌い。だから、普段、動かない。無理やり連れていくと、歩道で腹ばいになり、動かなくなる。
「バイバーイ」
ぼくが手をふる。
分かってない感じで、ぼくを見送る三四郎。ふふふ・・・。試練のはじまりじゃ。
ぼくはそのまま階段を下りて、外に出た。
家の前のベンチに座って、携帯を覗き込んだら、ボールをくわえたまま、階段の方をぽかーんと見ているさんちゃん・・・。
なんか、変だな、という顔をしている。
「わん!」
お、鳴いた。ボールが落ち、転がった。
「わんわん! パパしゃーん。ムッシュ~、どこにいるの?」
鳴いておる。胸が痛いが、30分これで様子をみてみよう。三四郎、ついに、柵に噛みつき、柵をへし折ろうとしたが、硬い~。
「わんわんわん!」
ぼくはそのまま漁港の魚屋まで買い物に出かけることになった。
買い物をしながらも、携帯をチェックした。三四郎が吠えながら、あっちこっち、行ったり来たりしていた。
「ムッシュ~、ムッシュ~」
しーん。
ぼくは魚屋で牡蠣を買うことにした。
店の人に、牡蠣を指さし、これください、と頼んだ。今日は、カキフライにしよう。
すると、泣き叫ぶ三四郎が椅子によじ登って、柵を出ようと試みている。
ぼくは慌ててマイク機能を使って、
「三四郎、ダメだよ。そんなことしたら」
と怒鳴った。
「わんわんわわー-ん!! え??? ムッシュ~。どこ?」
「三四郎、ぼくは今、マルシェにいる。すぐ帰るから、おとなしくお留守番してなさい!!」
「わわわわわー-ん。ええええ? ムッシュ~」
「あかんな、こりゃ、帰るか」
ふと、顔をあげると、お店の人や他のお客さんがぼくのことを怪訝な目で見ていた。
「あ・・・、いや、これは・・・」
皆さんに説明をし、監視カメラの画像を見たら、一同、かわいい、と納得して笑い出した。
「躾けは最初が肝心だからね。仕方ないわね」
その中の一人、子犬のヨークシャーを連れているマダムが笑いながらそう言ったのであーる。

滞仏日記「三四郎に大試練。一人でお留守番をさせてみた」



とりあえず、かわいそうだから、今日は30分だけのお留守番にしておいた。
家に帰ると、三四郎がわんわん、吠えて、ぐしゃぐしゃになっていた。
尻尾が折れるくらい激しくふりながら、ムッシュ~、ムッシュ~、と抱きついてきたので、思いっきり抱きしめてやったのだ。
三四郎はこうやって、日々、少しずつ、大人になっている。
徐々に、一人で生きることが出来るようになってきた。
パリに戻るまでに、ある程度、自立できる子犬になっていることを父ちゃんは願っている。
明日は、夕食を食べに行き、2時間くらい家をあけようかな、と思っているのだけど・・・。あはは。
さ、おやつにしましょうかね。

つづく。

さて、父ちゃんからのお知らせは二つ。
まず、一つ目は、NHKの「ボンジュール、辻仁成のパリの冬ごはん」の番組ホームページがオープンしました。
ご興味ある皆さん、どうぞ・・・。

https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/

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