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滞仏日記「三四郎を獣医さんのところ連れて行き、初検診であった!」 Posted on 2022/02/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、ぼくは三四郎をパリの獣医さんのところへ連れて行った。
下の階のフィリピンちゃん(オラジオを飼っている)から、紹介してもらったのだ。
特に、体調が悪いというわけではないけど、ぼくはこの通り素人だから、かかりつけのドクターがいた方が安心だし、初検診という感じで、看てもらうことにしたのである。
とってもモダンなクリニックで、受付にはペット用品も売られており、奥に診察室がいくつかあり、下が手術室(?)かなァ、結構、広くて清潔なクリニックであった。
そして何より、女医さんが、とっても素敵な感じのいいマダムで、
「まあ、なんてかわいいテッケル(ダックスフンド)なの?」
と笑顔になり、いきなりサンシーを抱きしめ、おでこにキスをした。お!!!
三四郎、鼻の下を伸ばして(一応、この子は男の子。美人になぜか反応する)、いや~、それほどでも~、のポーズとった。あはは、しんのすけか、・・・。
ともかく、獣医さんなんだから、動物好きは当たり前なのだけど、それを全身で表現してくれるところが、よかった。

滞仏日記「三四郎を獣医さんのところ連れて行き、初検診であった!」



世間話のような感じで、初検診が始まったのだけど、三四郎、緊張するどころか、犬を扱うのが本当に上手な先生の、思うがままに操られ、完全に従っている。
さすが、としか言いようがない。
「外ではポッポ(うんち)もピッピ(おしっこ)もまだできなくて」
先生、にこっと微笑んで、根気よく教えてください、外で出来るように教えて、根気よく、と言った。
「とにかく、車に乗せたらすぐに吐くんです」
先生、にこっと微笑んで、そのうち慣れるわよ、と言った。
質問したいことが山ほどあったが、やはり、専門用語がわからない。
何度も質問を繰り返さないとならなかったけれど、先生がめっちゃいい人で、丁寧に教えてくれたので、助かった。
「今は一日に30gずつ三回ごはんを与えています」
「二回にしてください。一回の量を40から45gくらいにして。でも、太らせちゃいけませんよ」
散歩のことも話した。
「なるほど。エッフェル塔周辺の犬が集まる公園によくいくんですね、じゃあ、他の動物から何か(この辺のフランス語はちょっと専門的過ぎて、あとで調べますね)を貰わないためのワクチンを打っておきましょう」
ということで、いきなりの、注射。
げ、先生が注射器を取り出したので、まず、驚いたのは、父ちゃん。

滞仏日記「三四郎を獣医さんのところ連れて行き、初検診であった!」



「ほらー、美味しいわよー」と先生が三四郎に魚のおやつを与えながら、神業かよ、と思う速度で、ぶすっ。
一本目のワクチンが終わった。続けて、もう一本・・・。
「なんすか、それ?」
「これは狂犬病のワクチン」
「えええ。もう!」
「早い方がいいでしょ? いつでも、日本に帰れるように」
「そうすね」
先生が、四角いおやつを出して、三四郎に食べさせた。ちょっと硬いのか、うまく食べられない。
先生が、
「なんて、可愛い子なの」
と言いながら、ハサミで、そのおやつを小さくカットしはじめた。
食べやすいサイズにカットして、再び与えたのだけど、まずいのか、サンシー、食べない。そしたら、先生が、笑いながら、三四郎の口に手を入れ、がばっと、本当に、頭蓋骨が取れそうな勢いで、口を大きく広げ、有無を言わさない速度で、そこにおやつを押し込んだから、ひっくり返りそうになったのは父ちゃんの方であった。
先生、おやつを三四郎の喉奥に詰め込んで、再び、穏やかな顔に戻って、
「可愛いわね」
とうっとりした目で三四郎を見つめている。
な、何が起こったんじゃ?
「先生、そのおやつ、そんなに食べたそうじゃなかったですけど・・・」
一応、訊いてみた。
「これはね、虫下しの薬なのよ。来月、もう一度食べさせるわね」
「ああ、そうなんですね。なんだ、早く言ってくださいよ」
「でも、ムッシュ、この子は可愛いわよ。というのは、・・・」

滞仏日記「三四郎を獣医さんのところ連れて行き、初検診であった!」



「このタイプの長髪のミニチュアダックスフンドが少ないの。毛の短い犬種が主流だし、この子、ロン毛で、毛質もキレイだし。ここまでバランスが良い子は本当に珍しいのよ。ところでお名前は?」
「三四郎です」
「しゃーんすいーりゅおー・・・」
先生、覚えられない。あははは。
「この子のパスポートを発行しますね。帰りに受付で貰ってください」
ということで、初検診は無事に終了。
二種類のワクチンと虫下しの薬と、何かわからないけど、(聞き取れなかったので、あとでパスポートに記載されたものをチェックします)、なんかのお薬を飲まされたが、三四郎、いきなり公式のパスポートをゲット!
「4か月、5か月程度でこんなにおとなしい子も珍しいんですよ」
「そうなんですか?」
「普通は動き回って、大変なのよ。確かに、この子は好奇心は旺盛だけど、他の子より穏やかですね。育てやすいでしょう」
ぼくはにんまり、うれぴー。
帰りに受付でパスポートの発行を待っていると、先生が携帯を持ってきて走ってやってきた。
「あの、ムッシュ、写真、撮ってもいいかしら?」
「え? ぼくの?」
周囲にいた人が大爆笑。
先生が肩をすくめて、三四郎の写真を撮影しはじめた。
受付にいた人たちも立ち上がり、かわいい、と言い出した。
「本当に可愛い。来月、また会いましょうね。し、しゃ、しゃーんすいーりゅおー・・・」
もはや、中国的な響きの三四郎であった。しぇーしぇー。
ぼくは新しいリードと歯磨きおやつをそこで買って外に出た。(皮のリードはすでに嚙み千切られてしまったのだ。狩猟犬は歯が鋭い)
ともかく、三四郎は健康なのだそうだ。
何よりであった。

つづく。

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