PANORAMA STORIES
三四郎日記「ムッシュが豹変したので、ぼくは仕方なく、吠えなくなった」 Posted on 2022/02/05 三四郎 天使 パリ
吾輩は犬である。ストライキの最中である。
パリという大都会に移住して、早いもので2週間が過ぎた。
ここは犬の園とは比べものにならないくらいの別世界で、単純な言葉で表すならば、ぼくは恵まれている。
わんわんと吠えればムッシュがすぐに飛んできてくれて、遊んでくれたし、ぼくが寂しくなって「くうううー-ん」と鳴けばどこからともなくやってきて、膝の上で好きなだけ寝かせてくれたし、24時間、甘い言葉でぼくを安心させてくれるのだった。
四六時中ぼくの傍にいてくれて、王様みたいに扱ってくれて、ごはんやお水を出してくれるばかりか、遊んでくれるので、ぼくは次第にここ「パリ」という大都会にも慣れてきた。
ところがである。
とっても優しかったムッシュことパパさんの様子が昨日くらいからちょっとおかしい。
何か怒っているというか、ぼくを拒否しているというか、別人のような顔でぼくを見下ろし、荒々しくぼくを扱うし、息子さんのジュートと食堂でご飯を食べているのでぼくもそこに参加しようと思っていつものにようにドアの隙間から入ろうとすると、足で押し返され、ぼくの行く手は悉く阻まれ、低い声で叱られる上に、今まで見たこともないめっちゃ怖い顔と変な目で睨みつけてくるのだ。
とくにぼくが「わんわん」と吠えようものなら、やって来て、ぼくの目の前に腕を組んで聳えるように立ち、ダメ、ダメ、と大きな声で、強く叱る。
ぼくだってバカじゃないので、食堂に入っちゃいけない、と言われていることくらいは理解出来るのだけど、でも、ぼくはまだ赤ん坊なのだから、自分の寂しさを抑えることができなくなる。
それに優しいムッシュに抱きかかえられて「よしよし」と昨日までのように抱きしめてもらいたいじゃないか。
それが人情というもの、いや、犬情というものである。
なので、ムッシュの心に届くよう、もっと大きな声で「わんわん」と鳴いて、ジャンプしたり、全速力でムッシュに飛び込んだり、もちろん、激しく尻尾を振ってぼくの愛を届けようとするのだけど、ムッシュの足がぼくの行く手を悉く阻んだ上に、ぼくがそのムッシュの足にしがみ付くと呆気なく振り払われてしまうのであった。
どうしちゃったのォ?
ぼくの生まれ故郷の犬の園での生活を思い出してしまった。
エルバー(ブリーダー)のシルヴァンは大勢の犬たちの面倒をみないとならないので、ぼくだけのために時間を割くことができない。
ぼくらがうるさくすると大きな声で叱られたし、大勢の犬たちと一緒に荒々しく追い立てられることもままあった。
今、ぼくの前に出現したのは、教育者のようなムッシュだ。
いつもと雰囲気の違う怖いムッシュはまるでその時のシルヴァンにそっくりだ。厳しい学校の校長先生みたいな存在。
ノーノーノー、とぼくは再びここでも叱られるようになって、困惑してしまった。
ともかく、ムッシュが何か怒っているということだけはなんとなくわかってきた。
ムッシュと息子君が食堂に入ってごはんを食べている時は吠えちゃいけないんだな、ということも、むやみやたらに吠えると怒られるんだな、ということも、理解出来てきた。
それでぼくにしてはちょっと気を使って、吠えなくしたのだけど、やっぱり、寂しいし、遊びたいし、ずっと一緒にいたいので、とくに、部屋に独りぼっちにされると、得体のしれない孤独感に襲われるから、ぼくはそういう時、やっぱり吠えてしまうのだ。
そういう時、反動というのか、ぼくは自分でも思っていないような凄いいたずらをしでかしてしまうのだ。
ムッシュを振り返らせたい一心で、ポッポ(カカ改め、うんちのこと)やピッピ(おしっこ)をわざと床にバラまいてしまうのである。
もちろん、ムッシュは褒めてくれないし、こらーっと怒られるし、おやつも貰えなくなってしまった。
でも、ぼくは自分の権利を主張するために、吠え続けた。
だって、それしかできないのだもの。
ぼくにだって生き物としての犬の権利があるはずだ。吠えるのは犬の仕事なんだから。
すると、ムッシュがどこからかやって来て、ぼくの顔の前で手を叩いた。
そんなのちっとも怖くなかったし、実はムッシュがする怖い顔も、だんだん慣れてきてひょっとこにしか見えない。
そこで、このまま言いなりになるのは嫌だから、ぼくは全力で吠えまくったのである。
「わんわんわん(ちっとも怖くないぞー)」
この関係をぼくは望まない。
ぼくは今までがそうだったように、いつもののようにムッシュの膝の上で日中はごろごろ昼寝をしていたいし、人間と同じように食堂やほかの部屋で遊びたいのである。
お昼過ぎ、ムッシュがキッチンに籠ってたぶんごはんの準備をしはじめた。
いい匂いが漂い始めたので、誰もいなくて、ずっと一人にさせられるのが嫌で、ぼくは食堂の入り口の真下から「わんわんわんわん(遊んでよームッシュー)」と最大限の声で吠え続けたのである。
もちろん、仁王立ちするムッシュは怖かったけれど、ここは怯むわけにはいかない。
きゃんきゃん、吠え続けて、ムッシュがギブアップするのを待つ作戦だった。
ところがである。キッチンの方からムッシュがどたどたとやってきて、ドアをあけて、
「三四郎。煩いんだよ。今、料理をしているんだ、ちょっと静かにしなよ。ぼくらだってごはんを食べないと生きていけないんだよ。わかるだろ、ちょっと一人で遊んでいなさい」
と怒鳴った。
「わん!(やだ~)」
「三四郎、ダメダメダメ」
「わんわんわん(やだやだやだもーん)」
するとムッシュは料理道具だとは思うが、左手に持っていた鉄の丸いもの、それは取っ手がついていて、犬の園で時々、料理をするときにナタリーさんが使っていたものと似たようなやつと、右手に持っていた餌を掬ってお皿に入れる道具に似た金属の棒をぼくの目の前でガンガン叩き出したのであった。
「カンカンカンカンカン」
物凄い音が響き渡った。
ぼくはびっくりした。
ぼくはジャンプして一目散にロッキングチェアの下へと速攻退避したのだった。
するとパパさんは、これだと気づいたのか、「カンカンカン」とそれを叩きながらぼくをおいかけてきた。
ワンと吠えるとカンとなるので、このカンがワンとセットだとわかった。
「ワン」
「カン」
「ワン」
「カン」
としばらく続いたのだけど、カン。が嫌なので、ぼくは黙ることになる。
仁王立ちしたムッシュも息切れしていたが、その丸い鉄と棒をぼくの鼻先に翳したのだった。
ダメって言われると吠えたくなったけど、この、カン、は嫌だから吠えなくなった。
カンを聞きたくないためだけに、ぼくは吠えるのをやめることになったのだ。
ところで、犬には往生際の悪い犬と諦めるのが早い犬とかがいる。
ぼくはどちらかというと後者の方で、嫌なものからは遠ざかって生きていきたい合理主義者でもあるのだ。
なので、ぼくは自分のベッドにゆっくりと移動し、怖いムッシュなんか無視して、寝ることにした。
戦意が失せたというか、とにかく、「カン」がぼくに与える不快感の中に、ぼくがしちゃいけないことへの強い忠告を、ぼくなりに理解することが出来るようになったのである。
ムッシュは鉄の道具を持ってキッチンに帰って行った。
しかし、これがまた、不思議なことに、ムッシュは食事が終わると、優しい顔でぼくのところにやって来て、ぼくを抱きかかえてくれたのだ。
ぼくは尻尾を振る気力が失せていた。
ムッシュの膝の上で、ムッシュにお尻を向けて寝てやるのが、せめてものぼくの反抗であった。
「どうしたの? 三四郎。遊ぼうか」
やれやれ。
人間ってやつはつくづく自分勝手な生き物である。
つづく。
Posted by 三四郎
三四郎
▷記事一覧2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。