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三四郎日記「吾輩は犬である。恐ろしいライバル登場。第9話」 Posted on 2022/01/30 三四郎 天使 パリ

三四郎日記「吾輩は犬である。恐ろしいライバル登場。第9話」

ムッシュことパパさんが起きてくるのを、暗い部屋の中で、じっと待っているぼくの気持ちを想像してもらいたい。
ぼくは部屋の中(もともとは玄関なので、ここには窓がない)で一人目を覚まし、ムッシュの寝室のドアが開くのを待っている。
それは実に心細い・・・。
都会に出てきたばかりだし、ここで暮らしだしてまだ一週間、この世界がどうなっているのかさえ、よくわかっていない。
ムッシュが起きてきて、灯りを付けてくれるまで薄暗い部屋の中で、ぼくは息をひそめて、待たなければならないのだ。
ぼくはまだ生まれたばかり、この世界のことも、人間のことも、自分のことでさえ、よくわからないのだから・・・。
今、急速にぼくは世界を学びつつある。



ぼくはだいたい、目が覚めると、カカ(うんち)とピッピ(おしっこ)をする。
ムッシュに「ここでするんだよ」と教えられたシートの上で・・・。
ぼくは褒められることを知っているから、上手にできた時は、狩猟犬らしく、そのことをムッシュに知らせるべく、ムッシュの部屋のドアをノックする。
前脚でドアをガシャガシャ叩いて、訴える。
爪でひっかく、と言った方がわかりやすいかもしれない。
それでも、起きてこない時は吠えることもある。
「朝だよ。ムッシュ、カカとピッピしましたよー」
吠え続けていると、ムッシュが不機嫌な顔で起きてくる。
でも、ぼくは褒められることを知っているから、尻尾を振って、ムッシュに抱っこしてもらうべく、ジャンプを繰り返す。
すると、ムッシュはぼくがシートにカカとピッピをしていることを発見し、
「ああ、凄い、やったね、ブラボー、サンシー、ブラボー」
と不意に笑顔になって褒めはじめる。
眠いだろうに、ムッシュは小躍りしながら、ぼくのカカを片付けてくれる。

ところが昨夜、ムッシュの寝室の隣にあるもう一つの部屋の扉がちょっとだけ開いていた。
きっとムッシュが閉め忘れたのだとは思うけど、そこはぼくがこれまで一度も入ったことのない「外の世界」であった。
そこには窓があり、街灯の光が差し込んでいたので、薄暗くても、窓のないぼくの部屋よりはよく見えた。
ムッシュは寝ているし、好奇心旺盛なぼくはカカをするのを我慢して、冒険することにしたのだ。

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そこにはいろいろなものが積み上げられるように、置いてあった。
それが何かぼくにはわからないけれど、無数のコードや、無数の本や、わけのわからない機械、とにかく、いろいろなものが山積みであった。
部屋の中央に大きな机があって、ぼくの位置からはその上に何があるのかわからなかったが、ともかく、ごちゃごちゃしていた。
そういう場所を、かつて知らなかった。
ぼくは田舎の犬の園しか知らないのだから、怖いけれど面白い、好奇心を擽る新鮮な世界でもあった。
ぼくはどんどん奥まで突き進んでいったのだ。
積み上げられた書類や書籍の向こう側に、何か蠢くものがあった。
ぼくはびっくりし、目を丸くしたまま、一度立ち止まり、目を凝らした。
すると、それはどうやら犬のようで、向こうもこっちを見て、驚いた顔をしている。
生まれ故郷の犬の園にいた犬たちとは少し違う、耳が尖っている小さな黒い犬だった。
ぼくはどうしていいのかわからなかったけれど、警戒しながら、近づいてみた。
すると向こうも物陰の奥からこちらに向かってやって来る。
ぼくは驚き、思わず、吠えてしまった。
すると、相手も吠えた。
この家にはぼく以外の犬がいたのだ。
それは衝撃的な事実であった。
しかし、ここで怯むわけにはいかないので、ぼくは突進し、向こうも突進してきて、ぼくらは格闘となった。
次の瞬間、部屋の灯りがついて、ぼくの背後にムッシュが立っていた。
ムッシュはぼくの身体を抱きかかえた。
それから、床に置いてある四角いものを持ち上げて、机の上に置いたら、その中に再びあの犬が出現したのだ。
ムッシュが笑っていた。
でも、ぼくは不安だった。
消えたり、現れたりできる、魔法を使う犬がぼくの部屋の隣にいたのだから・・・。
ムッシュがその板を机の上に横たえると、その犬も一緒に消えてしまった。
跡形もなく、消えた・・・。



今日、ムッシュはぼくの部屋の片隅に壁のような柵を立てた。
鉄格子の柵で、(ぼくのハウスの数倍大きな柵で)あの犬がいた部屋とムッシュの部屋の扉が二つ、塞がれるような恰好となった。
ムッシュは、あの犬を大きな柵の中に閉じ込めて、ぼくとかち合わないようにしたのだ、と気が付いた。
柵の鉄格子の間に顔を押し付けて、ぼくはあの黒い耳の長い犬の部屋を見つめた。

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ぼくは怖かったけれど、あの犬ともう一度会ってみたいな、と思った。
ムッシュがその部屋に入って行った。
柵があるからか、ドアは開いたままであった。
だから、ぼくは鉄格子に顔を押し付けて、その部屋を覗いて、あの黒犬が出てくるのを待つのだった。
「三四郎」
とムッシュが言った。
椅子に座り、机に向かって何かをしていたムッシュがぼくを振り返り、ニヤッと笑った。
そして、机の上の四角いものを持ち上げ、床に置いたのだ。
そこには、例の黒犬がいて、こっちを見ていた。
ぼくは驚き、自分のハウスに一目散に逃げかえった。
外の世界は実に、恐ろしい。
世にも奇妙な犬がいるものである・・・。

つづく。

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2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。