PANORAMA STORIES
永遠の一直線:パリの歴史軸とデファンス広場(エスプラナード・ド ゥ・デファンス) Posted on 2022/01/25 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
2022年がスタートしました。
皆様、いかがお過ごしですか?
去年から心機一転。新しい気持ちで新年をスタートされた方も多くいらっしゃることと思います。
2021年は、私にとって、今までにない、大きな年でした。
⻑年生活を共にしていた伴侶が、闘病の末、天国へと旅立ったからです。
去年の秋、ちょうど4ヶ月ほど前のことです。
身近な人を失うのは初めての経験でしたので、これまで味わったことのない感情がたくさん出てきました。
少し落ち着いた今でも、彼のことを思うと、大きな感謝と共に、もう2度と会えないことへの喪失感が溢れてきます。
深い悲しみや生活の変化によりなかなか彼の死と向き合うことができませんでしたが、年が変わり、またいろんな方々のやさしい支えのおかげで、少しずつ自分の気持ちと向き合えるようになってきました。
そして皆様に、彼のことを知っていただきたいと思うようになりました。
なぜなら、フランスのいたるところに、彼が残した素敵なペイザージュ(風景)がたくさんあるからです。
今回は、彼が手がけた作品のうち、パリっこたちに愛されて続けている風景をご紹介いたします。
=====
彼の名は、「アラン」といいます。
私よりも20歳ほど年上でしたが、お互いとてもよく気が合いました。
例えば食べ物。
共に美味しい料理と美味しいワインをこよなく愛する「美食家 ボン・ヴィヴァン (Bon vivant)」で、よく食べ、よく飲み、よく笑い合っていました。
そして職業。
共に、ペイザジストでした。
アランは30年以上のキャリアをもつベテランペイザジストで、パリ、ボルドー、トゥーロンの3都市に設計事務所を構え、国内外の様々なところで、都市づくりや公園・庭園づくりに携わっていました。
一方私はというと、ヴェルサイユのペイザージュ学校で設計の基礎を学んだ後、研究に身を投じた、調査や分析を得意とするペイザジストです。
互いに世代やキャリアは違っていましたが、それぞれの考え方は尊重し合っていて、よく、ペイザージュのことで熱い討論を交わしていました。
アランは自身の経験をいっぱい共有してくれました。
植物のこと、地理のこと、気候のこと、都市のこと、環境のこと、人と自然との関係のことなど、いい景観を創るために大切な心得をたくさん教えてくれました。
どんな質問をしても答えが返ってくるので、そのうち私は彼を、「クスクス先生」と呼ぶようになりました。
彼の苗字からとったあだ名です。
クスクス先生は、文章を書く時は右利きで、万年筆を使って書いていました。
「手書きの方が、いいアイデアが浮かぶ」のだそうです。
でもデッサンの時はなぜか左利きで、設計案などはスラスラと左手でスケッチしていました。
絵はそんなに上手ではなかったけれど、素朴なスケッチの中にはいろんなアイデアがたくさん詰まっていました。
小さな庭園や、都市の大公園、遊園地などテーマパーク、高速道路やトラムなど、いろいろスケッチしていました。
中でも彼が最も得意としていたのが、都市計画です。
みんながよりよく暮らせ、文化に富み、歴史が生き、地元の生業が栄え、自然と共存できる都市の形を考案し創造していくことを、彼は得意としていました。
晩酌の時、ワイン片手に彼は、フランスの都市計画の秘訣をよく語ってくれました。
「フランスの都市はね、そのほとんどが『庭』から始まってるんだよ。『庭』を中心に街が構成されているんだ。だからいい都市を創るには、まずその街にある古い 庭の意匠を読み解くことがとても大切なんだ。それらを大切に継承しつつ、フランスの庭園芸術(LʼArt des jardins )に則って街を設計してあげると、市⺠に愛されるいい都市ができるんだよ。」
クスクス先生の左手から生まれたプロジェクトは、フランスのいたるところにあります。
パリ近郊にあるラ・デファンス地区にある広場もその一つ。
ラ・デファンス地区は、フランス最大のオフィス街です。
1960年から建築され始めたこの地区は、今では世界有数のビジネス地区として、またフランスを代表する商業施設地区として賑わっています。
街の雰囲気はとても近代的で、パリの市街地とは大きく異なります。
近代的な高層ビルが連立していて、遠くから見ると、巨大な都市島がポッカリと浮かでいるようにも見えます。
これらの高層ビル群の中で、一層目をひく建物があります。
「新凱旋門(グランダルシュ)」です。
デンマーク人の建築家によって考案されたこの門型の建物は、驚くほど巨大で、向こう側に大空を覗くことができます。
圧倒的な存在感は、その大きさや形だけではありません。
建てられた場所も、かなり工夫されています。
実は、凱旋門とシャンゼリゼ通りに、ぴったり一直線状につながるように建てられているのです。
この一直線は、コンコルド広場まで、これまたぴったりつながっています。
全⻑およそ8Km。
果てしなくまっすぐです。
一寸の狂いもなく一直線なので、ずっと眺めていると、直線の先にスッと引き込まれるような不思議な感覚になります。
この直線は「パリの歴史軸」と呼ばれ、フランスの都市計画ではとても重要なものとされています。
というのも、この軸をベースに、パリの都市計画が展開しているからです。
13世紀にルーブル城(後にルーブル宮殿)が、17世紀にテュイルリー宮殿が、18世紀にシャンゼリゼ通りが、19世紀にコンコルド広場が、20世紀に凱旋門がそれぞれこの軸上に建設されました。
興味深いのが、その起源です。
自然発生的に創られたのかというと、そうでは決してありません。
実は、この軸の誕生に、一つの庭が深く関わっています。
チュイルリー公園です。
チュイルリー公園は、ルーブル宮殿などの宮殿群の前庭として、16世紀に建てられました。
設計者はアンドレ・ル・ノートル。
「ペイザジストの父」と称される、フランス庭園芸術の生みの親です。
フランス人ペイザジストは皆、彼のことをこよなく敬愛しています。
ル・ノートルが最も得意とした設計は、一直線の軸を巧みに使う空間演出です。
「パースペクティブ(遠近法)」と呼ばれるこの手法は、空間に奥行きを出す手法として、絵画の分野でよく使われます。
ル・ノートルはこの手法を庭園に応用しました。
一直線の軸が⻑ければ⻑いほど、果てしなく広がる空間を演出することができます。
チュイルリー公園も類にもれず、宮殿を起点に一直線の軸が創られました。
そして一直線の眺めがより映えるよう工夫が施され、噴水のキラキラした水や、並木の⻘々とした樹木によって軸にアクセントがつけられました。
軸は、⻑ければ⻑いほど、存在感が圧倒的に増します。
庭園の柵を遥かに超え、当時田園が多くあった街の中まで、軸は伸ばされました。
地平線にまで続くようにまっすぐと。
そして宮殿からはっきりわかるように、軸沿いに並木が植えられました。
この軸が、現在の「パリの歴史軸」の起源です。
並木は、後に道路へと本格的に整備され、「シャンゼリゼ通り」という名前がつけられました。
パリの礎は、まさに、チュイルリー公園という一つの庭と共にあると言えます。
そして、20世紀。
「パリの歴史軸」上に、新たな公園が誕生しました。
「デファンス広場(エスプラナード・ドゥ・デファンス)」です。
新凱旋門のすぐ足元の、暗渠化された道路の上に創られました。
全⻑1キロメートル以上の及ぶこの広場は、何層かのテラス状になっていて、新凱旋門に向かって徐々に登っていける構造になっています。
テラスごとに異なるデザインが施され、緑が映えた並木や、芝生広場、大きな水辺などがあります。
そしてどのテラスも、「パリの歴史軸」が映えるよう、工夫されています。
両側に樹木や生垣を配し、中央に芝が敷かれ、視線が自然と凱旋門へとスッと促されるテラスもあれば、
いくつもの小さな噴水が設置され、キラキラした水しぶきごしに新凱旋門を楽しめるテラスもあります。
またアーティストによって創られたオブジェクトによって、色とりどりに色彩された眺望があるテラスもあります。
早朝や夕暮れ時は、池は、大空を写す鏡へと変化し、光の移り変わりを堪能することができます。
そしてどのテラスからも、新旧2つの凱旋門を、まっすぐと、望むことができます。
この広場をゆっくり散歩すると、この広場の設計者が、チュイルリー公園の設計者
ル・ノートルを心から敬愛し、意匠をしっかりと継承していること、またル・ノートルが構築した庭園芸術を尊みつつも近代のデザインを巧みに取り込んでいることがよくわかります。
そして、コンクリートで覆われた無機質なラ・デファンス地区に、豊かな緑と水をふんだんにある空間を作って、市⺠の心にゆとりと癒しを届けようとしていることが深く伝わってきます。
この広場はとても人気が高く、市⺠の憩いの場として、またアーティストたちの表現の場として、広く親しまれています。
また、写真映えするスポットの一つとして、観光客も多く訪れます。
ここが、クスクス先生が設計した広場です。
この広場は、フランスの首都の新たな魅力として、設計者がいなくなった今も、フランス国⺠に愛され続けています。
そして、「パリの歴史軸」は、今も成⻑しています。
より⻑く、より果てしなく、まっすぐとつながり続けています。
======
アランが天国に旅立った後、辻仁成さんから一通メールをいただきました。
「彼の分まで生きてください。」
この一行だけの短いメールに、たくさん勇気をいただきました。
クスクス先生の分まで、いろんなことができるような気がしています。
今年も、パノラマのブログを通して、皆様とペイザージュのことをお話しさせていただけることを、心から嬉しく、とてもありがたく感じています。
2022年が、皆様と、皆様の大切な方々にとって、実りの多い素晴らしい年となることを、心からお祈りしています。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
▷記事一覧水眞 洋子(みずま ようこ)
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。