JINSEI STORIES
滞仏日記「ぼくと息子との関係をつないだ、子犬の三四郎。犬はかすがいだね」 Posted on 2022/01/23 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、三四郎が来て、我が家の雰囲気が本当に変わった。
三四郎の部屋(玄関)のロッキングチェアで本を読んで過ごした。
すぐ左横には三四郎のベッドがあって彼はそこで寝転んでいる。
そこに息子がやって来て、三四郎と遊ぶついでにぼくとも会話が弾むようになった。
気が付けば、三十分、一時間と親子の時間も出来て、三四郎のことを中心に会話が成立してしまうのだから、驚くばかりだ。
この、1,2年、受験でピリピリして、とっくみあい(過去日記に譲る)までした関係だったのが嘘のように、ぼくらの関係が見事に改善されてしまった。
三四郎がぼくを信頼する様子が、息子も嬉しいようで、にやにやしている・・・。
この二日間、(というか、犬を飼う、と打ち明けてからずっと)息子は笑顔・・・。
※ 今日の三四郎・・・。ふふふ。父ちゃんの足の間が彼の定住地なのであーる。父ちゃんのズボンが汚いのはご愛敬。舐めるし、鼻水こすりつけてくるし、いろいろやられている。なので、これは犬と過ごす時用ズボンなり、いろいろと汚れるので、三四郎と過ごす服は決めているのだ。えへへ。
しかも、起きて着たら、「おはよう」と言い出すし、学校から戻ってくると笑顔で「ただいまー」というのだから、驚くばかりである。
二人きりの時に、こんなことは起こらなかった。苦笑。
20日に三四郎が我が家やって来て以降、まだ二日しか経っていないというのに、二人と一匹は玄関で集って寛いでいる。
今日の朝、ついに息子が自分用のクッションをサロンから持ちこんで、三四郎のベッドの横に置いた。
つまり、ぼくが座るロッキングチェア、三四郎のもわもわベッド、その横に息子専用のクッション(モロッコで昔買ったやつ)、が横並びとなった。
嬉しいけど、いとおかし、な辻家であった。
「三四郎、お前のおかげだ、ありがとう」
受験シーズン真っ盛りの辻家なのだけど、三四郎の出現のおかげで、ものすごく和やかな空気に満たされ、なんとなく、息子も元気になって、そのまま大学生になってくれたなら、こんなに嬉しいことはないのであーる。
いやはや、三四郎効果抜群であった。
さて、話は少し戻ることになるが、初日は一睡もさせてもらえなかったことが、これまた、嘘のように、ぼくへの信頼関係が出来たからか、昨夜は三四郎、一度も吠えなかった。
もちろん、彼自身疲れて眠たかっただけかもしれないが、三四郎は三四郎の部屋で眠り、ぼくはドアを閉めて、ぼくの寝室で眠ることが出来た。
この成長速度はすさまじい。
犬は人間の数倍の速さで生きているので、わずか一日であろうとその成長率は人間とはくらべものにならない。
そして、この子が賢い犬であることがだんだんとわかってきた。
一番うれしかったのは、今日、ついに、おしっこシートの上でカカ(うんち)をしてくれたことだ。ぼくは飛び上がり、三四郎を抱きかかえ、
「ブラボー、ブラボー、サンシー、君は最高だぞー」
と叫び続けた。
三四郎もぼくが喜んでいるのが伝わるみたいで、
「いや~、それほどでも~」
と後ろ足で、背中をぼりぼり、搔いていた。
でも、おしっこは床でやったので、まだまだ、百点はあげられない。あはは・・・。
ともかく、ぼくは7時間、爆睡をし、起きたら8時で、慌てて、三四郎を覗きに行ったら、ぼくが顔を出した時に彼も目覚めたようで、くうううううーん、と甘えてみせた。
ぼくは朝ごはんを用意し、ちょっと水を垂らして柔らかくふやかして与えたら、よく食べてくれたので、安心・・・。
そのままバッグにいれて、エッフェル塔まで散歩に出かけ、公園で一緒に走った。
初日は人と車が溢れるパリが怖いのか、いくらリードを引っ張っても動かないし、抱きかかえると震えていて、こりゃあ、時間がかかるな、と思っていたので、30メートルくらい一緒に走ることが出来た時には、父ちゃん、ガッツポーーーーーーーーーーーーズ!
「サンシー、セビアーン(いいね~)、トレビアーーン」
という感じで、初日の大変がまことにウソのように三四郎の成長に大喜びの父ちゃんなのであった。
だいたい、おしっこを覚えるのに一週間から10日くらいかかるといわれているので、なんとかそこまでには覚えてくれそうな気もする。
「おいで」
というと、飛んでくるし、
「待て」
というと一応、待ってくれることもあるし、
「ダメ」
というと、いたずらをするので、ま、しゃーないね。
ともかく、辻家に慣れてきて、ぼくのスリッパは噛むは、移動用カバンのチェックは噛みちぎるは、ぼくのズボンのチェックはおろそうとするしィ・・・、笑。そこは、あかんでしょ、と窘める父ちゃんであった。
ところで、今日、ぼくもちょっと失敗をやらかしてしまった。
ブリーダーのシルヴァンには「一週間前に身体を洗ったので、お風呂は10日後くらいでいいよ」と言われていたのに、犬園があまりに泥だらけで、しかも、三四郎は車の中で吐いたからか、耳の毛にこびりついた嘔吐物が・・・、あと、尻尾とかが田舎の犬園の泥か何かでぐちゃっと固まって固形化していて、あまりに汚く、可哀そうで、悩みに悩んで、お風呂に入れてしまったのだった。
近所のペット用品店で購入したBIOのいいシャンプーがあったから、ま、大丈夫かな、と思ったのだけど、乾燥させてしばらくするとフケが出て、ちょっと大変なことになった。
ぼくはペット用品店に三四郎を連れていき、こうなっちゃったよ、と仲良くなった女店員さんに見せたら、人間と同じでシャンプーにかぶれることもあるし、お風呂は3週間に一度くらいにしてね、と教えられた。
皮膚をチェックして貰ったら、いい状態なので、心配はいらないわ、とウインクをされ、ま、失敗というか、いい勉強になったよ。
今度、優しい獣医を紹介してもらうことにもなった。
帰り道、すれ違う人が、
「おおおお、トロミニヨーーーン(めっちゃきゃわいい)」
と呟いて通り過ぎていくのを、無表情でやり過ごしながら、内面はデレ~としてしまう父ちゃん・・・。
というのも、自分が犬を飼う以前は、トロミニヨーーーン、と言うのはぼくの側で、飼い主は皆さん、それにいちいち反応をしない、超ツンデレ仏人リアクション。
ぼくもいつか、わんこを飼ったら、パリの人たちに負けないくらいツンデレするんだ、と決めていたので、内心は嬉しいけど、すまし顔で、ふふふ、と通り過ぎていくふりをしたのだが、・・・ええと、数歩歩いているうちに、じわじわ頬が緩み、そのうち目が撓って、
「いや~、それほどでも~」
と自分が褒められたみたいに喜んでしまい、ぜんぜん、パリジャンにはなれないニッポンの父ちゃんなのであった。おほほ・・・・
だって、褒められると自分のことのように嬉しいじゃんねー。
家に帰ると、ディープフォレストのエリック・ムーケから彼のスタジオで収録した「荒城の月」のミックスが届いていて(もし、可能ならNHKの冬ごはん番組でちょっと皆さんにも聞いてもらいたいと計画中)、おおお、と思ってかけたら、おもちゃで遊んでいた三四郎が、その美しいエリックのシンセ音に反応し、動かなくなり、ぼくを見上げて、つぶらな目をもっと丸くしたのが、ちょっと新鮮だった。
この子、さすが辻家の一員、音楽が大好きなのである。
音楽が聞こえてくると、耳を傾ける。
昔のレコード会社の蓄音機を聞く犬の絵を思い出した。
「これ、パパの歌だよ。どう?」
「くううううううーん」
何か喋っている。犬語がわからないけれど、音楽がわかるんだ、と嬉しくなり、辻版「荒城の月」をループさせて聞かせてしまった。
いつか、ぼくのライブを見せたいなァ。
「サンシ、我が家に来てくれてありがとうね。君のおかげで息子ともうまくやれるようになった。全部、君のおかげだよ」
「いいえ、どういたしまして」
え?
ぼくは驚いて三四郎を見下ろしたけど、彼はぼくの足の間で寝ていた。でも、なんとなく、この子はぼくの言葉を理解できるのじゃないか、と思える瞬間がある。
言語を理解するというのではなく、心で通じあうことが出来るような気がしてならなかった。
いつか、本当に三四郎と会話ができる日が来るような気がしてしょうがない。
ぼくは三四郎の頭を優しく、なでなで、してあげた。
君はもう、何も心配しないでいいんだよ。死ぬまでここでぬくぬく生きなさい。
ここは君の家だ。ぼくが君のお父さんなんだから・・・。
つづく。
※ 三四郎はぐっすり眠る。ぼくの足の間で、・・・