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滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」 Posted on 2022/01/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は朝の6時起きで、バルベスにある警察署まで十年カード(アメリカのグリーンカードみたいな)の更新に出かけた。
十年に一度のことだけど、外国人であるぼくにとって、この滞在許可証の更新はこの国で生きていく上で自分の身分を証明するためにも、生きていくためにも、とっても重要な仕事なのである。
朝の8時に警察署の前でシャッターが開くのを待った。
昔は毎年更新をしていたけど、今は十年に一度になったので、それほど苦ではない。
必要書類を担当官に手渡し、仮の滞在許可証を受け取り、二か月後くらいに、新しいのが出来たら、シテ島にある警察署にとりに行く。
あと、何年、フランスにいるんだろうな、と考えながら、仮の滞在許可証(レセピセ)を財布にしまい、外に出た。
まだ、真っ暗であった。

滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」



受験問題で冷え込んでいた父子関係だったが、三四郎の出現(というかまだ出現していないけれど・・・)で、ここのところ親子関係は良好、春うららな雰囲気になっている。
夜、息子とパトリックの店で不思議なラーメンを食べた。
パトリックも犬を飼っているので、店が暇なこともあり、犬談義となった。
普段は話しに参加してこない息子君だけれど、嬉しそうな顔をして、聞いている。
犬が人間をつなぐよ、とブリーダーさんが言っていたけど、本当だな、と思った。
「玉ねぎとか葱類は食べさせたら大変なことになるから、絶対与えちゃだめ。チョコレートもダメ。とにかく、ドッグフード以外はダメね。キッチンには入れないようにしないとダメ」
「ダメばっかだな」とぼく。
パトリックが笑った。
「最初の一年は大変だよ。でも、それを過ぎると犬も人間もだんだん、大丈夫になる」
パトリックが息子の方を向いて、
「たまには、君も散歩に連れ出してあげなさい」
「うん」
それから息子がパトリックと仏語で専門的なことは話し始めた。
飼う時の注意事項みたいなことだったけど、ぼくはラーメンをすすりながら、会話には参加しなかった。
ただ、普段、クールな息子が犬の話しには前向きになっているのが、微笑ましかった。

滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」



警察から戻ると、隣人のワンちゃんとすれ違った。
散歩に連れ出しているのは、時々「ギターがほんのちょっとだけ煩いですが」と言いに来る元弁護士のおじさんだ。
優しい言い方だけど、笑顔なのに、怒ってるのがよくわかる。
申し訳なさそうに、ちょっとだけ、を強調してくる。
でも、怒りながらも、文化を認めてるのだ、という見識の高さというか理解度を示してくるので、こちらも、申し訳なく思う。
「壁が薄いですから、フランスは」とぼくが責任を壁に擦り付けるように言い返すと、「確かに、壁が薄すぎるね、この建物は古いから」と同意してくれる。
「ごめんなさい、小さくします」と一応、謝るのだけど、2日くらいすると、だいたい普通の音量に戻っている。
最近は、瀧廉太郎の「荒城の月」にハマってるから、力強いアルトじゃないと荒城の月に失礼だから・・・、いやはや、おじさん、すまないっす。
その上、申し訳ないのは、息子も部屋でレコーディングしているので、ダブルで下の人は迷惑をこうむっているはずだ。
本当に、文化度高すぎる辻家であーる。

滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」



ところで、その紳士が連れてるワンちゃんは「オラジオ」という名前で、やはり子犬、ビーグル犬なのだ。
娘のフィリピンちゃんが「自分が育てる」と言い張って飼うことになったらしいのだが、毎日、散歩に連れ出しているのは、そのおじさまなのである。
道ですれ違うと、なんとなく普段の関係から視線をそらされてしまうので、「ボンジュール、オラジオ~」とぼくはおじさまにではなく、子犬に向かって挨拶をしている。
で、おじさんが、ぼくを見てくれたら、ついでに、ボンジュール、ムッシュー、と笑顔を向ける。
一応、おじさんも、ぼくに笑顔を向けてくれるが、それは一瞬で、その笑顔は犬元へと落ちていく・・・。嫌われているかもしれない・・・。
おじさんの奥さんはとっても優しい人で、ぼくとは気が合う。でも、自分が犬を育てることになってから、そのおじさん、なぜだろうね、そのリードを引っ張る雰囲気とか、うろちょろする犬を待ってあげている物静かな佇まいとか、他人とは思えなくなってきた。
いや、本当、犬に優しい人に悪い人はいない、と思うのであーる。

滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」



今夜もラーメンの後、階段下ですれ違った。
「ボンソワール」
「ああ、ボンソワール」
「今度、うちもテッケルナン(ミニチュアダックスフンドのこと)を飼うことにしたんですよ。来週、引き取りにいきますから、そのうち、すれ違うでしょう」
そんなことを振ってみた。
「へー、そうですか、そりゃあ、可愛いでしょ?」
「ええ、そりゃあもう。新しい子供が来るような感じで、待ち遠しくて。もし、この辺に獣医さんとか、ドッグシッターさんとかお知り合いがいたら、ご紹介いただけますか?」
「ああ、喜んで。ちょっとうちのと相談をしてまた改めてご紹介します。情報はポストにでも入れておきますよ」
ポストか、確かに、それがいい。面倒くさい、挨拶をしないですむからだ。
「いつも、煩くしてすいません」
「いやいや、別に、ぼくは音楽好きだから。嫌いじゃないんですよ。あなたの歌はアジアを感じる。ただ、出来れば歌うのは明るい時間だけにしてもらえるとありがたい。ぼくは寝るのが早いので、その華麗なギターテクニックに気を取られて眠れなくなってしまうからね」
敵ながらあっぱれな、な言い方であった。
「わかりました。夜はキッチンで弾くようにします。あそこは階段の向こう側だから、夜でも音はしないと思いますので・・・」
「・・・・」
敵を味方にしてこその勝利、というぼくが若い頃に編み出した術があって、まさに、ぼくらのやり取りは日仏の紳士的なやりとりで、お互い納得なのであった。
犬が人間をつなぐ、いい例かもしれない。
間違いなく、三四郎はオラジオとここの階段や玄関、もしくは近くの公園ですれ違うはずだ。まだ、赤ちゃんの三四郎だけど、あと4か月ほどで成人になるらしい。
その頃、彼はどういう犬関係を築くことになるだろう。彼は上京した花の都パリで、どういう犬人生を生きることになるのであろう。
その頃、息子は高校を卒業して、社会に出ている。大学生なら、ありがたい・・・。
どんな大人になっていることであろう。

つづく・・・。

ということで三四郎は週明け、ブリーダーさんのところに迎えに行くのだけど、その前に、ぼくはトリュフ犬と一仕事・・・
お知らせです。

かわいいトリュフ犬たちと、ドルドーニュ県のトリュフ産地で、父ちゃんがトリュフ狩りに挑戦をします。
なかなか、生で見ることが出来ない貴重なオンラインツアーになると思うので、お時間のある皆さん、ぜひ、ご参加ください。
詳しくは、こちらから・・・。

ムーケ・夕城(トリュフ栽培士)×辻仁成「ブラックダイヤモンド、黒トリュフの魅力」辻仁成がトリュフの聖地ドルドーニュにて、トリュフ狩りに初挑戦
2022年1月16日(日)20:00開演(19:30開場)日本時間・90分を予定のツアーとなります。
【48時間のアーカイブ付き】
※アーカイブ視聴URLは、終了後(翌日を予定)、お申込みの皆様へメールにてお送りします。

この講座に参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ

チケットのご購入はこちらから

※ フランス南西部に位置するドルドーニュ地方の山奥に位置するトリュフ園からトリュフの魅力を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。山奥にある、広大なトリュフ園からですので、電波が乱れる可能性もございます。最大限の状況を模索しながら、当日、トリュフ犬と栽培士さんらと力を合わせ、挑む形になります。嵐にならない限りは決行いたします。
当日はZOOMではなく、映像の綺麗なVIMEOで配信をします。

滞仏日記「三四郎対オラジオ、仏人おじさん対和人父ちゃんの心優しき紳士の対決」



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