JINSEI STORIES

滞仏日記「犬が来るというだけで、こんなにハッピーになっていいものか」 Posted on 2022/01/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくはとっても現金なやつである。
昨年は、家事や仕事や子育てに追いかけられて、しょっちゅう鬱っぽくなって沈み込んでいたが、ミニチュアダックスフンドの三四郎がやってくると決まったとたん、そこに目標が出来、オミクロン感染拡大なんか、何処吹く風ぞ、迎え入れる準備に明け暮れているというのだから・・・、やれやれ・・・。
もちろん、日々の仕事とか、領収書の整理とか、息子のご飯を作ったり、大変は大変なのだけど、犬が来る、ということにまるで新しい人生を投影しているような調子の良さ。
何をやっても、るんるん、してしまって、いやはや、我ながら困ったものであーる。
しかし、思えば、2020年3月のロックダウンに始まり、今現在、30万人を超える感染者が出ているフランスで受験生と暮らしながら、よくもここまで頑張ったと思う。
そこに来ての、三四郎の登場なのだから、うきうきしないわけがない。
その分、責任も重いけど、今のぼくは、彼を幸せにさせてやりたい一心、しいては、その幸せを自分にも分けてもらいたい、と、つまり、希望しか見ていないのだ。

滞仏日記「犬が来るというだけで、こんなにハッピーになっていいものか」



今日はメイライの店に行き、彼女のご主人や兄弟たちに「ついに犬を飼うことになった」と写真を見せまくった父ちゃんであった。
香港人の彼らは犬好きで、写真を覗き込みながら、中国語でなんか叫んでいたけど、たぶん、可愛い、ということに違いない。
やれやれ、という顔で息子がぼくを見上げている。
「名前は?」
パトリックが言った。パトリックはぼくと同い年、メイライのご主人の弟。
ちなみに、ぼくは「ヤムセン」と呼ばれている。どうも、仁成の中国語読みはヤムセンらしい。ヤムセン、悪くない。
それで、ぼくは微笑みながら、わが友人の香港人たちに、自慢げに、こう告げた。
「三四郎」
ぼくは急いで紙に「三四郎」と書いた。
ほー、とうなずく香港人たち。
一と二はすでにいるので、この子が三四郎なんだよ、と説明した。ぼくにだけにわかることだが、香港人は、意味がわからなくても、笑顔で、優しく頷いてくれる。
「じゃあ、サン、と呼びますか? 」
とメイライのご主人。パトリックが横から割り込んだ。
「犬に怒る時はフルネームで怒るのがいいよ。普段はニックネームというか、短くとっつきやすい名前で呼んであげたらいいよ。遊んであげる時はサンとか、で、おしっこを床にしたら、三四郎!とモードを切り替えることで自分がいけないことをした、と学んでいくんだよ。言葉は悪いけど、躾(しつけ)は大事だ。それを早いいうちにやっとくべきだよ」
そのことはブリーダーさんにも言われていた。

滞仏日記「犬が来るというだけで、こんなにハッピーになっていいものか」



サンは太陽のSUNでいいんだけど、なんとなく呼びにくい。
サンちゃん、だと、サンプラザ中野みたいだし、(昔、仲良かったからね)、もっと違う言い方はないかな~、と思った。
「サンシーがいいんじゃない?」
メイライが言った。
「サンシー?」
香港人たちが満面の笑みになり、サンシーー―――、と、シーの部分は噛んだ歯の隙間からこぼれるような中華風発音で、静かにハモった。
サンシーか、悪くないな、とぼくは思った。そして、自分が、サンシー、と彼を呼んでいる絵を想像してしまった。
ぐふふ、でも、悪くないなァ・・・。
それか、普段は、三四郎と呼んであげて、怒る時は、「辻三四郎!!!」という手もある。
辻三四郎、・・・。

不思議なことに、知り合いから、日記呼んだわよ、犬飼うんですね、とちょこちょこメッセージが入ってきた。
犬を飼っている人たちだから、何かあれば聞いてください、と心強いメッセージ。
野本の奥さんとか、有馬さんご夫妻とか(有馬さんとはすでにパリ愛犬同盟を結成してしまった)、クレモンティーヌのマネージャーのloumiさんとか、パリの犬好き仲間たち、大集合なのである。
DSのライターさんたちからも、お仕事の時は預かりますよ、と申し出があった。
カメラマンのピエールもモップという名前の犬を飼っているし、パトリックのところにも大きなセント・バーナードがいて、うちのお手伝いの中島君は犬の散歩バイトに明け暮れているし、パリはどこのカフェもレストラン(星付き)も犬は自由に出入りでき、かなり育てやすい環境かもしれない。
とくに、犬のことには詳しいパトリックの登場機会が多くなりそうな予感・・・。
「獣医も探さないとね。かかりつけのお医者さんがいた方が安心できるよ」
なるほど、と思った。

滞仏日記「犬が来るというだけで、こんなにハッピーになっていいものか」



水曜日にステファンから電話がかかってくる前まで、ぼくの人生に三四郎はいなかった。
明日には、ペットショップに行き、まずは首輪を買う。できれば、三四郎専用のクッションも買わないとならない。
明後日には、注文していたケージが届く。
ドルドーニュ地方でのトリュフ狩りから、そのまま、お迎えに行くので、犬の移動用のカゴも買わないと・・・・。
あの子は、パリのこのアパルトマンに到着した時、どんな顔をするのだろう? 
自分がこれから暮らすことになる家を見て、何を思うだろう? 
ぼくの家の一員になること、喜んでくれるだろうか?
生き物を預かることに、あんなに直前まで不安があったのに、あの不安はどこへ消えてしまったのだろう。
犬と生きるということが何を意味するのか、きっと少しずつ分かってくるのだろう。
不思議なことに、昨日はよく眠れたのだ。
実に、人間というものは現金な生き物である。
とにかく、待ち遠しい。

つづく。

自分流×帝京大学

おしらせ。
ご興味と、お時間あれば、・・・ぜひ。なかなか貴重な体験になります。
ZOOMで配信を予定しておりましたが、画像のいい、VIEMOシステムで配信させていただくことになりました。

ムーケ・夕城(トリュフ栽培士)×辻仁成「ブラックダイヤモンド、黒トリュフの魅力」辻仁成がトリュフの聖地ドルドーニュにて、トリュフ狩りに初挑戦
2022年1月16日(日)20:00開演(19:30開場)日本時間・90分を予定のツアーとなります。
【48時間のアーカイブ付き】
※アーカイブ視聴URLは、終了後(翌日を予定)、お申込みの皆様へメールにてお送りします。

この講座に参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ

チケットのご購入はこちらから

※ フランス南西部に位置するドルドーニュ地方の山奥に位置するトリュフ園からトリュフの魅力を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。山奥にある、広大なトリュフ園からですので、電波が乱れる可能性もございます。最大限の状況を模索しながら、当日、トリュフ犬と栽培士さんらと力を合わせ、挑む形になります。嵐にならない限りは決行いたします。