JINSEI STORIES
滞仏日記「真冬のミステリー。誰かの嫌がらせなのか、ぼくを混乱させた謎の事件」 Posted on 2022/01/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、毎日、いろいろなことがあるのだけど、今日は午前中に、息子のPCR検査を受けに連れていき、戻ってきたら、知り合いから身に覚えのない文句を言われて、不機嫌になり、日中ずっとふて寝をした。
毎日、毎日、みんながそうだと思うけど、生きていくのは本当に大変である。
三四郎がやって来る日を待ちわびながら、昨夜は、新しい家族の住処になる、ケージとか、ベッドとか、マットとか、首輪などをAmazonなどでこっそりと検索し(それは楽しかったァ)、とりあえず、トリュフ狩りツアー前に、ケージだけでも買う必要があったので、3万円くらいのを買ってしまった。あはは。嬉しい・・・。
ところで、陰性とわかったとたん、うちの息子は遊びに出てしまった。何やってんだか、こんなに感染拡大して、検査にも連れていき、安心したばかりだというのに、とその行動に腹が立つ。しかも雨が降っているのである。大雨なのだ。でも、青春は止められない。
やれやれ。
ともかく、冷蔵庫には何にもないので、夕方、階段を再び下りて、近くのスーパーに最低限の食べ物を買いに(土曜日なので、明日はどこも休みだから)、出ようとしたら、一階の二つあるポルト(大きな扉)の内側に、昨夜、家の前の、ほかの人も出している場所に捨てたはずのクリスマスツリーが戻されていた。
昨日の夜の21時くらいに出したものである。
※ こんな風にクリスマスツリーをこの時期捨てるのである。これは公園に捨てられたツリーだけど、ここに捨てるのは、ちょっと問題がある。
この地区の顔役たち、パトリックとかユセフとかブリュノなどに、「みんなが出す時期に(1月20日までに)家の前の歩道に出しておけばいい」と言われてきたので、毎年、そうしてきたのだけど、もしかしたら、その出し方は間違えていたのかもしれない。
けれども、昨日はまさに家の前の通りの、端から端まで、そこら中に、数十本のツリーが出されていた。だから、普通に安心をして、たまたま家の対面に、誰かが出したツリーがあったので、その横に寄り添うように置いたのである。
ところがである。買い物に行こうとしたら、なんと、建物の階段の下にぼくんちのツリーが戻され、立っていた。
え?
しかも、鍵がないと絶対に住人以外入れない内側に、である。
どういうこと?
これ、うちのツリーじゃん。
誰かが、あそこからせっせとここまで運び戻したことになる。そんな暇人いる? 目的はなに? ぼくへの嫌がらせ?
しかも、雨が強く振り出したので息子が心配になり、様子を見るために窓を開け、下を見た16時くらいにはあった。ちゃんと通りの反対側にあったのだ。
それも、つい、小一時間前のことだ。誰が?
しかし、ミステリーなのは、この建物の住人じゃないと建物の中まで入れない。
ここに戻したからには、ここの住人、つまり、鍵を持っている誰かが、それをやったということになる。オーマイガッ!
ぼくがこの大きなツリーをよっこらしょ、よっこらしょ、とおろしているところを鍵穴などから目撃していた、誰かがであれば、そのツリーがぼくが捨てたことがわかる。
しかし、気味悪いのは、もし、ぼくの出し方が間違えているならば、その場で、ドアをあけて、間違いを指摘すればいいし、翌日の夕方にこれを建物の中に、雨の中、戻すだけ、という理由がわからない。
呼び鈴を鳴らし、あんた、間違えてるよ、と言えばいいのに、気色悪い。
そうだとしたら、陰険過ぎないか?
確かに、たまに、陰険なフランス人はいる。人間だもの、陰湿は万国共通なのである。
たとえば、下の階のおじさんは、一度、ギターがちょっとうるさいから夕方以降は弾かないでと忠告されたことがあった。
そのことは日記にも書いたので、覚えている読者の皆さんもいることであろう。
しかし、その人が仮に鍵穴から覗いていて、ぼくだとわかって、今日になって、雨の中、重たいツリーを建物の内側にまで運んで、ほっとくって、もし、それが嫌がらせなら、やだー、怖いわー――。
とにかく、何が起きたのか謎過ぎるので、慌てて、ネットで正確な情報を調べ直したら、近くに2か所、パリ市が指定するツリーの廃棄場所があった。しかし、そこはリサイクル専用の廃棄場なのである。
リサイクルか、それは正しい、来年からはそうしよう、と思った父ちゃんであった。あ、辻家、来年はクリスマスやらないんだったっけ、笑。
この件について、質問をしておいたブリュノからメールが戻ってきた。
「ちゃんとしたパリ市の廃棄袋に入れていたなら、家の前に出しても、何の問題もないよ。ぼくは30年以上、それを続けてきたから」
大きな政府系の建物を管理する人物で、信用できる人間である。その人が言うのだから、ぼくの方法は間違えなかったことになる。
その時、遠方からゴミの収集車の音が聞こえてきた。覗くと、通りの先でゴミの収集作業をしている。急いで駆け下り、袋にきちんと入れられたツリーを持ち出して、
「これはどうしたらいいですか?」
と訊いてみた。
彼らは、首を左右に振り、それは俺らの仕事じゃない。パリ市に訊いてくれ、と言われた。やれやれ。
ぼくは再び、ツリーを建物内に戻し、家に戻った。すると、パトリックとブノアから相次いでメッセージが入った。
「家の前に出すので問題ないよ。1月20日までに出してね」とパトリック。
「なんか問題あったの?じゃあ、俺んちの前においといて、俺がやっとくよ。ツジーはなんも心配せんでいいよ」とブノア。
※ ちなみに、自分が着ない服をこうやって、ベンチに置いておくと、ほしい人が持っていくのもフランス・・・。本が並んでることもよくある。だいたい、不思議なことに、誰かが持って帰っていく・・・。
ともかく、ここの住人が建物の中に戻したのなら、一言言ってくれればいいのに、と思うと、なんか嫌みをされた気持ちになって、めっちゃ腹が立った。
そこで、ごみ収集が次に行われる月曜日の朝に、もう一度家の前に出しておこう、と思って、
「これは月曜に出すからそれまでここに置かせてもらうね。ありがとう。辻仁成」
と手書きの張り紙を作って、階段を下りた父ちゃんなのである。
ところがであーる。
階段の下についてみると、な、な、なんと、ツリーが消えている。
どこにもないのである。わずか、10分前にはあったのに、日記に写真も必要だから、この張り紙をした写真を掲載してやろうと思って、携帯まで持って降りたのに、ない!!!
全部、消えてしまっているのだった。
ミステリー。
※、こんな風に、歩道に捨てられるツリー・・・。袋に入ってないので、ちょっと違法かな・・・
朝から怒りまくっていた父ちゃんだったが、消えたツリーが気になり、怒りが吹っ飛んでしまった。
ゴミ置き場にも、通りにも、裏庭にも、地下室の階段にも、どこにもないのである。
わずか、10分前にはあったツリーが消えてしまっていた。
ぼくは家に戻り、この日記を書きながら、新たな仮説を考え出した。
もしかすると、・・・。
各建物のごみ置き場からゴミ収集車が到着する前までにゴミ箱を全部出す役目の人がいる。
彼も鍵を持っている。
たとえば、粗大ごみなどはパリ市から番号を貰い、それを張り付けて外に出すと指定日に回収車が来て回収をする。
しかし、その前に横流しできそうなものを回収をする裏の業者もいる。
ゴミ出し係の人が捨てられたツリーを何らかの目的で、誰かに売っているのかもしれない。
リサイクル業者などに・・・。
だとしたら、このミステリーの謎がとける。
ぼくは昨日の夜にこっそり、反対側の歩道にこれを置いた。今日の夕方まで動きはなかったが、買い物に出かけるタイミングで降りると家の中にそれがあった。
それはたまたまなのだ。ゴミ出し係の人がたまたまここの鍵を持っていたので、いったん、この中にいれた。その間、他の建物のゴミ出しをやっていたという、仮説。
ゴミ出し係の人はいくつかの家のゴミ出しをする。
だいたいバイクでやって来る。ぼくがツリーを捨てた場所はバイク駐車場の横だった。
ほかのツリーは袋に入ってなく、ずぶ濡れだった。
ぼくのツリーは完全に梱包されていたので、リサイクルする権利がそこに宿っている。(この袋は数ユーロで買わないとならない)つまり、その袋入りのツリーはゴミとみなされ、それをどう扱っても、たとえば、販売しても、もう、問題はない。
袋に入ったツリーを集めてリサイクル業者に売っているのかもしれない。
どういう仕組みなのかわからないけれど、彼が受け持つ地区に出されるツリーを全部集めれば、そこそこの収入になるのかもしれない。
バイクでどうやって運んだのかはわからないけど、それくらいのことは結構みんなやっているので、なんとかしたのだろう。
もう一度、下まで降りて周囲を見回したけど、痕跡はなかった。袋に入ってないツリーだけが道端に放り出されていたのである。
ところで、こんなことを一生懸命書いている自分は、やっぱりどっか病んでいるのであろうか・・・。書き終わって、読み直して、ちょっと自分が心配になった。
今日はワインでも飲んでもう寝ることにする。
三四郎の到着を待つ。
つづく
ということで、毎度おなじみの、おしらせ。
近づいてまいりましたねー。
ご興味と、お時間あれば、・・・ぜひ。なかなか貴重な体験になります。
ZOOMで配信を予定しておりましたが、画像のいい、VIEMOシステムで配信させていただくことになりました。
ムーケ・夕城(トリュフ栽培士)×辻仁成「ブラックダイヤモンド、黒トリュフの魅力」辻仁成がトリュフの聖地ドルドーニュにて、トリュフ狩りに初挑戦
2022年1月16日(日)20:00開演(19:30開場)日本時間・90分を予定のツアーとなります。
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※ フランス南西部に位置するドルドーニュ地方の山奥に位置するトリュフ園からトリュフの魅力を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。山奥にある、広大なトリュフ園からですので、電波が乱れる可能性もございます。最大限の状況を模索しながら、当日、トリュフ犬と栽培士さんらと力を合わせ、挑む形になります。嵐にならない限りは決行いたします。