JINSEI STORIES
滞仏日記「カイザー髭と別れた後、ぼくを襲った地獄のような試練」 Posted on 2021/12/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、実は、昨日、カイザー髭さんの家を出て、自宅でコーヒーを飲んで、さぁ、今夜は何を食べようかな、と思っていた、ところで終わっていたのだけれど、そこから、大変なことが起きてしまった。
なんとなく、息子のことが心配になり、友人たちに出したグーラッシュ(牛頬肉の煮込み)もちょうど2人分弱残っていたので、それを食べさせたい、と思った父ちゃん。
「じゃ、帰ろうかな」
と思って、部屋を掃除(だいたい一時間弱かかる)し、荷物をまとめ、暖房を切ったことを確認し、ゴミとかパソコンとか服の入った袋とか食材の詰まった保冷バック(グーラッシュと酢飯が入っているだけ)とかを担いで階段を下りたところ、そこに、田舎の友人ご夫妻からいただいた特大の果物セットが置いてあったのだ。
これを持ち帰るには車を停めてる駐車場まで二往復しないとならない。
それに、持って帰っても、ぼくはそもそもフルーツがそれほど、好きじゃないし、息子もあまりたべない。
この量は破壊的な量なので、そうだ、カイザー髭さんご夫妻に半分差し上げていこうと思い付き、それは確かに名案で、ぼくは上にあがり、紙袋をもって降り、約半分を詰め、残りを保冷バックの中に入れ、ドアをあけ、家の外に荷物を少しずつ運びだしていたところ、元カイザー髭ことベルナールさんの家のドアがあいて、ムッシュがぬっと顔を出し、
「お、帰るのじゃな」
と言った。じゃじゃじゃじゃーーーん。
「はい、あ、ちょっと待って」
ぼくは階段のところにあった、袋に詰めた、果物を取りに戻り、それをベルナールさん(元カイザー髭)に手渡し、
「実はもらいものなんですが、もの凄い量の果物を貰ったので、少し、おすそ分けしたいのですけど、食べて頂けますか?」
「おお、わしらは果物が好きだから、喜んで」
そこにハウルの魔女さんこと、サンドリンヌさんもやってきて、
「帰るのね?」
と言った。
「ええ、息子に温かいものを食べさせたくて」
「それはいい。気を付けて」
「もう、これで今年は会えないでしょうね。また来年」
そう言い残して、家の扉の鍵をかけ荷物を抱えてパリに戻った父ちゃんなのであった。
3時間半のこの通勤のような車の旅にも慣れて、疲れはしたけど、田舎で魂が洗われた父ちゃんの家路は、まさに、夜の走馬灯、映画のように美しかった。
夜、パリに戻ると、ちょうど息子が学校から返ってきたところで、夕食時間だったし、いつまでもわだかまりを抱えていてもしょうがないから、「パトリックのすし屋にでもいくか」と何気なく聞いたら珍しく「うん」という返事。
へー、と思った父ちゃん。
大学のことも気になっていたし、ちょっと、久しぶりに親子会議でもするか、と思ってパトリックの店に顔を出し、寿司を注文。
(実はこの時、グーラッシュはどうしたっけ、と思ってはいたのだ・・・)
普段、口をきかない息子だけど、やっぱり寂しかったのか、珍しく会話が弾んで、進学についても彼なりの考えをきかせてもらえた父ちゃん。
必要以上のことは聞かず、がんばれよ、とだけ言ったところで、寿司とビールが出てきて、パトリックがサッポロビールをぼくの前にどーんと置いた、その瞬間、
・・・携帯がなった。
「ムッシュ、ツジ?」
「うい」
「サンドリンヌよ」
「え? あれ、どうしました?」
「あなた、家の電気、全部、つけっぱなしで帰ってるけど・・・」
ぬあにィーーーーーー。
「外から見上げたら、あなた家の電気が煌々と灯っているけど、消さずに帰ったの? 水抜きはしたの? ガスは?」
「ええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!? そんな、アホなぁ」
ガス? 消したかな・・・消したと思うけど、・・・水抜きも、自信がない。
グーラッシュと酢飯しと果物を詰め込んだ保冷バック、そういえば、持ち帰った記憶がない!!!!
すぐに取りに帰らないと、腐って、大変なことになる!!!!!
そうだ、思い出した!
彼らに果物をあげなきゃ、と思いついて、喜ばせることに気を取られ、最後の確認をせずに、そのままドアをバタン、かちゃっと鍵をかけて、帰っちゃったのだった。
おおおお、マイガッ
電気はちょっと心配だ。それに、水抜きをしておかないと、水道管が寒さで破裂したら大惨事。ガスはもっと怖い・・・。
「パトリック、ストップ!」
「なに?」
サッポロビールを抜栓しようとしていたパトを止めた。
「それ、キャンセル」
「パパ、まさか、今から田舎に?」
「すまんが、戻る」
「明日でいいじゃん」
「いや、それが明後日の早い時間に、ワクチン三回目の接種なんだよ。明日行って体力使うのがちょっと心配なんだ。今日、行って、泊まって、明日の適当な時間に帰って、体調整えないと、パパの周りでは、三回目の接種で体調壊す人がチョロチョロ出てるみたいだし・・・」
「マジか」
※ こ、こんなものを置き忘れるとは・・・ちょっと自分が心配になる。
ということで、ぼくは今、この日記を田舎で書いている。あはは・・・(´;ω;`)ウゥゥ
パリまで3時間半掛けて戻り、すし屋に息子と顔を出し、焼き鳥とかっぱ巻きを食べたら、支払いをし、ぼくは三時間半かけて、田舎に戻ったという次第なのであーる。
正直、体力の限界、しかも、パリの家は4階、田舎は5階、どちらもエスカレーターあーりまっしぇーーーーーん!!!!!!!!!!
この日記を、配信したら、パリに戻ります。
ドジな父ちゃん、皆さん、笑ってやってください。
つづく。