JINSEI STORIES

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」 Posted on 2021/12/02 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、前回、フランスの台風(タンペット)に襲われ、田舎のアパルトマンの屋根が飛んで、そのあと、工事業者が屋根にとりあえずのブルーシートをかぶせて、応急処置したのはいいが、なんか、また台風のようなのが迫っているらしく、下の階のカイザー髭さんから電話があった。
「出来ることなら、行った方がいいよ」
めんどうくせー、冬なのに、と思いながらも、飛んでイスタンブールとなった、父ちゃんであった。
ちょっと、いろいろとあったから、海に癒されに行こうか、(台風なのに?)、ぼくは晴れ男だから、行けば嵐の方が移動するかもしれない、と思って、とるものも取らず、息子の食糧を冷蔵庫にいつものごとく詰め込んで、出かけたのであった。
すると、道の右側は真っ黒な雲と雨なのに、左側が晴れていて、不思議なことに、田舎のアパルトマンの前に車をつけた瞬間、不意に海の上に虹が昇ったのである。
嵐が吹き付けているのに、空が割れて、そこに、虹が!
しかも、ダブルレインボーであった。

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」



ぼくはびっくりして、車を降りて、坂道を下り、海の前まで呼び寄せられるように歩いたのだけど、それは見事な、かつて、見たこともない美しい虹で、しかも、メインの虹のすぐ左手に、薄いけれどもう一本の虹が昇っている、二重の虹・・・。
その美しい光景に動けなくなってしまったのだった。
ぼくは虹を見ながら、思わず、涙ぐんでしまった。
それはここまで来なければ見ることのできない光景であった。
12月なのに、来てよかった、と思った。
漁師のお爺さんがやってきて、虹を指さし、告げた。
「今、出たんだよ。さっきまで大雨だった」

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」



けれども、その十分後、今度は、激しい雨がぼくの視界を暗く消し去ってしまう。
打ち付ける雨の中をぼくは自宅に向けて駆けて戻ることになった。
雨はどんどん、強くなって、今度はそのフランスの台風(タンペット)の迫力に驚かされることになる。
夕方なのに、世界は暗くグンと沈み込み、真っ暗になった。
打ち付ける雨、打ち付けるというよりも横殴りの雨が窓を叩くので、家が破壊されるのじゃないか、と思った。
それよりも、簡易的にかぶせたブルーシートは、暴風で飛ばされるもしれない。
夏は天国だけど、冬は自然の驚異を前に、部屋は寒いし、凍えるようだし、ガタガタ、風のせいで窓とか扉が鳴るし、もう、どん底。(笑)
窓の隙間から、水が漏れていて、床も濡れているし、それから、屋根が飛んだせいで、仕事部屋に大きな亀裂が出来ていた。
2メートルくらいの亀裂で、前回は染みだけだったのに、これは大変なことである。
また、保険会社に電話をしないとならない。やれやれ、・・・。
あの虹はなんだったのだろう・・・。
でも、美しい虹であった。

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」



日本大使館から、メールが届いた。
日本が厳しい入国制限がはじまったことを告げるものだった。
在外日本人はこの冬、よっぽどのことがないと日本には戻れないことになる。
オミクロン株の正体がわかるまでの一時的な措置だろうけど、駐在員の方とか、企業の方には辛いクリスマスと正月になるかもしれない。
でも、これは仕方がないかな。
あと、2週間くらいすると、この新しい変異株の正体も徐々に分かって来るはずだ。
どのくらいの毒性があるのか、など。
感染力は強いけど、デルタより、恐れるものなのか、ワクチンをすり抜けると言われているけれど、そこまで恐ろしいものなのか・・・。
どちらにしても、ぼくはまだ暫く日本には帰れそうにない。日本でのライブはいつのことになるのだろう。

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」



滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」

夜、暖炉に火をくべた。
有機オイルを入れて、点火すると、最初は青白い炎が、やがて、赤々とした炎がともり、部屋が少しずつ暖かくなっていった。
ぼくは子育てからも、家事からも、仕事からも解放されて、暖炉の前に椅子を置き、その炎を眺めて冬の田舎で過ごすことになる。
前回、買った山崎のウイスキーを舐め、そして、ギターの弦を張替え、自分の曲、「冬の虹」を歌った。
これは、死にきれずに生きていた若い頃に作った曲で、ソニー時代の最初のソロアルバム「遠くの空は晴れている」に入っている。
もう、売ってないだろう、個人的には、名盤だと思っているのだけど・・・。(笑)
ともかく、今の自分の心境にぴったりの歌であった。
この築160年のぼろぼろの建物にはぼく以外には誰もいない。
ぼくはあらんかぎりの声を振り絞って歌い続けた。
そして、暖炉の前でスペインのダンスを踊った。炎を見ながらの一人遊びであった。
夜、鯛を焼き、食べた。
激しい雨が振り続けていたけれど、そこはぼくの家だった。
この世界にただ一つ、自分の持ち物の小さなアパルトマンがある、というのは、救いでもあった。
最悪の世界がやってきても、ここに息子と逃げこめば、屋根はあるので生きていける、・・・あ、今は台風でふっとんで半分ほどないのだけれど・・・。あはは。

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」



「冬の虹」 jinsei tsuji
死にきれず生きています この街の片隅で
真冬の空に掛かる 虹を見上げながら
幸せな人達が やたらと目につくのは
きっと今の自分が どん底にいるせいか
不貞腐れてしまう 生きていくのが
あたりはずれのある たった一度の人生

真冬の空に虹が掛かるのを知ったとき
あの虹の真下を潜ってみたいと思った
前向きに生きている人の歌を聞くのが
とても辛かった時、僕は耳を塞いだ
僕は僕の幸せ 探してみよう
こんな寒い冬にも 虹は掛かるのだから

滞仏日記「こんなに寒い冬であっても、虹がかかる。ぼくは冬の虹を歌う」

北風が吹き抜ける 裏通りを歩いた
空き瓶をけりあげる つられて犬が吠える
自分よりもずっと 不幸なひとを
数え上げているのが、余りにも惨めになった
死にきれず生きています この街の片隅で
真冬の空に掛かる 虹を見上げながら

汚ない この街にも きれいな虹が掛かる
生きてるかぎり僕は、また見ることができる
僕は僕の幸せ、探してみよう
こんな寒い冬にも 虹は掛かるのだから
七色に 輝く虹 冬空に弧を描く
何かの サインの ように 僕の目には映る
七色に 輝く虹 冬空に弧を描く
あの虹の真下を潜ってみたいと思った。

つづく。



自分流×帝京大学